――約束を違えたのは、もうずっと昔のことだ。



 違えるつもりなど毛頭なかった。
 不可抗力的な状況のせいにするのはいくらでもできた。
 だがやはり、七年前にこうするしかないと決めたのは他ならぬ自分自身であり、もしかしたら、何か別の解決策があったのかもしれないのに、それをせずに差し出された現状を受け入れてしまった自分のせいなのであろう。

 つまり話は非常に単純なもので、己の判断が間違っていただけ、それだけのことだった。

 師の言葉はどこか胡散臭くもあった。何かの夢物語ではないのかとも思えた。
 けれど突きつけられた現実と、現状。
 監禁状態で外部からの情報を一切得ることのできなかった自分は、師の言葉に信憑性を垣間見てしまったのだ。

 その選択の結果がいかに彼女を悲しませることになるか、容易に予想できていた。
 にも関わらず、彼女の側から姿を消すことにしたのは、その約束を何よりも確たるものにしようとした、それだけのことだった。
 自分は「絶対」という言葉が好きではなかった。
 「絶対」とはありえないことの総称のようなものだ。
 そもそも可能性というものはゼロにはならない。
 だから少なくとも、「絶対」というものは論理的にありえはしない。

 そして師が言うには、この世界はユリアの預言という「絶対」の存在によって形作られている。
 その「絶対」を覆すどころか、世界から一掃してしまおうと目論む、師の言葉、その意志、未来のビジョン。
 それは、「絶対」という言葉を、この自分に使わせることのできる、唯一の手段を示していた。

 あのとき俺は、「絶対」という言葉を使わなかった。
 ――否、使うことができなかったから。

 もし師に従った場合、再びナタリアに合間見えるには――約束を果たすためには――、何があろうと師の計画を実現させるしかなかった。
 計画自体に心酔できなくても、いけすかなくても、気に食わなくても、納得がいかなくても、それでも。
 そうしなければ、彼女は何も知らないまま、数年後にくたばるレプリカを俺だと思って、悲しむに違いなかったから。

 それは俺ではないと告げられるわけがない。
 告げられるとすれば、それは師の野望が叶ったときのみ。

 ならば、他に道などなかった。
 ナタリアに嘘をつき続けるのは心苦しいが、しかし他にどうしようもない。
 他に、あの約束を守る方法を、俺は考えつけなかったのだ。


 ――その判断の、なんと愚かしいことか。


 何故諦めたのか。何故もっと考えなかったのか。
 真実を知るためには自分の目で自分の足で確かめる。城に篭っていては何もわからないと偉そうに諭したのは一体誰であったのか。
 それは、他ならない自分であったはずだ。

(わかっていなかったのは、俺の方ということか)

『……おまえは約束を果たしたんだな』

 そして俺は果たすことができなかった。
 俺はこの七年もの間、一体何をしていたというのか。
 レプリカも屑なら、自分自身も屑だ。
 なるほど、レプリカがあんな屑だったのも頷ける。

(何よりも腐っていたのはまず、俺の方だったというわけだ)


 そうして考えた。何をするべきか、何が正しいのか。
 この屑以下の体であっても、彼女のためにできることが何かあるはずだった。
 彼女と、彼女が約束を守り続ける世界のために。

(……約束を)

 俺は、自分にできることとできないことの分別くらいはできているつもりだった。自分のことは一番自分がわかっている。
 そう、だからもう、俺は彼女には会わない。
 否、会えない。会ってはならないのだ。
 近い将来消え行く、約束の一つも果たせない残り滓のことなどで、彼女の心を煩わせてはならない。

(違えてすまなかった、ナタリア)

 もう直接彼女の力になれないというのならせめて、彼女を苦しめる存在を片っ端から排除してやろう。俺はそう決めた。
 ヴァンの野望も、レプリカたちを邪魔する奴らも――そして近いうちに、約束を果たせず彼女を裏切ったまま消え行くしかない、俺自身すらも。


 寄りかかった壁を離れ、足裏を踏みしめふらつく上体を落ち着かせる。
 意識して息を吸い込んで――ため息にしてはならない――深呼吸をひとつ。

「――行くぞ」

 己に言い聞かせるように呟き、遅れを取り戻すべく、最小限の動作で駆け出した。


 そうして進む先には決して、彼女の微笑みなど存在しないことを知りながら。






 そういえば、真のツンデレことアッシュはナタリアたんに詫びるってことをしてなかったなあと思ってこうぐるぐるしてみました。
 だって6割(つーかあれ確実に6割どころの話じゃない)もナタリア三昧な人が、この現状について申し訳なく思わないってことはないんじゃないかなあとか。
 もちろん態度には出せないと思うのですよあのひとの性格的に。

 あとワイヨン鏡窟のあたりではまだ約束を果たすために頑張ってた気がするけど、チーグルのアレを知った以降は完全に約束果たすの無理だって割り切って行動してた気がしてならんかったとです。

 とか色々考えをまとめようとした結果でした(そして惨敗ムードを漂わせつつ)
 ちゅかもうね、こんなにも真面目で真剣なアホな子だとは思わなかったっつーのこのナタリア上主義者め……!(指差し萌え)

 うちのアシュナタ関連はいつもお世話になってるぴうさんに全面的に捧ぐ。いつも感謝なのです。

(2006/02/12 up)(※日記より加筆修正)

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