ソファで隣に座っている幼馴染みは、今日は朝から随分と上機嫌で、一日中にこにこと――というよりは、にやにやといった方が正しそうな――笑みを浮かべていた。
 それは夜も更けて二人きりになった今も続いている。雑談を初めてもその理由を語らないということは、つまり聞いて欲しいということだろうか。
 明日の天気の話題が終わったところで、クロアは質問を投げることにした。
「ルカ。何かいいことでもあったのか?」
「それがねっ、……えへへー」
 何かを思い出したのか、ルカの表情がだらしなく緩む。
 そのまま放っておくと会話が続かない気配を感じて、クロアは合いの手を入れる。
「そんなにいいことだったのか?」
「うんっ」
 一通り回想に満足したのか、ようやくルカも話したくなったらしい。得意げに胸を張る姿は、まるで自慢話を始めるかのようだ。
 まあ実際、その「いいこと」を自慢したいのだろう――そう思い、クロアは手にしていた書類を置いて話を聞く姿勢を取った。
「あのね。クローシェ様にね、クロアのどこが良かったのかって聞かれたの!」
「……それはそんなに嬉しいことなのか?」
 与り知らぬところで槍玉に挙げられている方としては正直落ち着かない。
 何よりルカの言うことをそのまま受け取るなら、自身の評価を上役が問うている、ということに他ならないのである。
 ルカが何と答えたのかも、その回答に対してクローシェがどう思ったのかも、そもそもクローシェはどんな意図でそのようなことを聞いてきたのかも、全てが心臓に悪い想像へしか結びつかない。
 かといってここまで舞い上がっている彼女に水を差すような真似ができるわけもなく、クロアは無言で先を促すしかなかった。
「それでね、何でそんなこと聞いてきたかってねっ、私に幸せになってもらいたいから、って」
 彼が確認したかった内容がいきなり放られはしたが、どうにも当を得ない。
「……よくわからないが、そうなのか」
「うんっ!」
 とりあえず、ルカ当人はそれで問題がないらしい。ということは、クローシェとしても問題ではなかったと考えてもよいのだろうか。
 ダシにされていた彼としてはあまりよくはなかったが、藪を突いて蛇を出すこともないだろうと追求は避けることにした。
「どうもね、クローシェ様、クロアのこと色々調べてたみたいなんだよね」
「ぶっ」
 続いたルカの言葉には、吹き出さざるを得なかった。
「し、調べてたって、一体何を」
「んー、素行調査みたいな感じ? 色んな人に聞いて回ってたみたい」
「……それ、クローシェ様自らってことか?」
「そうみたい」
 畏れ多いやら申し訳ないやら恐ろしいやら、あらゆる意味でクロアは頭を抱えたくなった。
「それで、聞いて回ったけど結局よくわからなかったから、私に直接聞くことにしたんだって」
(……それで最初の話に繋がるのか)
 ひとまず納得はできたが、心が安まるかといえばそんなことは断じてない。
 クロアは軽くため息をついて諦念に身を浸しながら、そういえば、とふとした疑問を口にした。
「ルカは何て答えたんだ?」
「え?」
「その、クローシェ様の問いに対して」
 話をしてくるぐらいだから、自分に隠しておきたいような事は言わなかったのだろう。
 そんなクロアの予想を裏切るように、ルカは目に見えて動揺し始めた。
「え、えっと……それは、そのぅ……」
 もごもごと語尾を濁した上に目まで逸らしている。
 どうやら嬉しさが先に立って何も考えていなかっただけのようだ。
(……まあ、いいけどな)
 だがここで大人しく引き下がるのも男が廃るというものだろう。
 意地の悪いことをしていると自覚しながら、クロアはさらに質問を重ねてみる。
「つまり、俺には言えないようなことを言ったのか? それとも、何もないって答えた?」
「ち、違うってば、ちゃんと答――」
「なら何て言ったんだ?」
「だ、だから、その……」
 クロアはもじもじとするルカをじっと見つめる。そのまま辛抱強く待ち続けてようやく、ルカは渋々と白旗を揚げた。
「……眼鏡」
「眼鏡?」
「眼鏡してるクロアって、カッコイイなーって……」
「……身体的特徴でさえないな」
「あっえっと、それに、私を護ってくれるところとか!」
「それは当たり前のことだろう」
 約束したからな、とクロアが続けると、ルカは顔を赤くして俯いてしまう。
 その表情には僅かに戸惑うような色が混ざっているが、クロアから見えることはない。
「ほら、クロアなんだかんだで美形だし……ってクローシェ様も言ってたし」
「ありがたいけど、顔で選ばれたのか」
「そういうわけじゃ……」
「わかった。もういいよ」
 ため息をつく代わりに、クロアは先程置いた資料を手に取った。
 彼としては、自分の長所を挙げる質問に対して、彼女が「特にない」と答えたのではないことがわかれば十分なのである。
 彼女が挙げた内容が、眼鏡だの美形といった外見的なものであったり、自分的には「そうするのが当然」であってわざわざ取り上げる程の事でなかったとしても、彼女が気に入ってくれている箇所には違いはない。
 それでいいじゃないか――と、彼は自分を納得させた。第一、こうして二人きりで会話ができるだけでも素晴らしいことのはずだ。
 果たしてクローシェがその回答を聞いてどう思ったのかはあまり考えたくなかったが、とりあえず日々精進していくに越したことはない。きっと。
 よってクロアは書類に集中することにした。基本的に彼の任務は護衛だが、護衛対象が関わっている事をある程度は理解しておく必要がある。時に相談に乗ることも立派な仕事の一つだ。
「……」
 対して、一人取り残される形になったルカは、しばらくぱくぱくと口を動かしたり、やり場のない手をさ迷わせたりしていた――が。
 やがて意を決したように彼の名を呼ぶ。
「――っく、クロア」
「なんだ?」
 書類から顔を上げたところで、クロアの耳はきし、というソファの生地が不自然に沈む音を聞いた。
 同時に座面が揺れ、真っ赤なルカの顔が瞬間的に視界に広がったかと思ったら、そのまま唇を押し付けられる。
「……っ」
 しばらくしてルカは顔を離すと、クロアの表情も確認せず顔を俯かせた。
 そうしてから、ぽそぽそと小声で言う。
「あ、あの……ごめんねっ、ほんとに、そのぅ……クロアのことは大好きだし、なんていうか、それが当たり前すぎてどこがとか言えなかったっていうか……」
 はあ、という大きな嘆息が、ルカの言い訳を遮った。
 そろそろとルカが顔を上げてみると、眼鏡の位置を直しつつも僅かに顔を背けているクロアがいた。その口が声には出さず、けれど何事かを呟く。
「え、クロア、何?」
「なんでもない」
 声の優しさとは裏腹に強引に引き寄せられ、今度はルカの唇が塞がれる。

(……ずるいだろう、それは)

 細く柔らかな体からぐったりと力が抜けてしまうまで、彼がルカを解放することはなかった。







 ルカルートのクローシェ様から見たクロアってこんなんじゃね? っていういつもの壮大な夢だった。反省はしていない。

(2009/04/26 up)

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