黄砂が入り込むのを防ぐためもあるのだろう、タトローイの街の入り口はコの字を逆にしたような形をしている。
 その石造りの門から出てきたフェイズは、あるべきものを見つけられず辺りを見回した。
 先に街の入口へと向かった三名の仲間――船長と副船長は買い忘れたアイテムの補充(ちなみに船長は副船長から荷物持ちに任命されての強制参加)、自分は入口近くの雑貨屋に聞きたいことがあった――が、この付近に待機しているはずなのだ。
 三名のうち一名は光学迷彩を使用しているだろうから、実際に目にするのは二名。
 どちらも年若い少女で、格好は華やか……とは言いがたくも、目立つ風体をしている。
 見渡して見つからないということは、ここにはいないか、彼の光学迷彩に紛れているかのどちらかだろう。
 とはいえ、二人だけならともかく彼がいて勝手な行動を取らせるわけがない。よって後者だろうと判断したフェイズは、注意深く周囲に視線を走らせた。
(……いたずら、とは思いたくありませんが……)
 待たされた仕返しに何かを企まれた可能性も否定はできない、フェイズはそう考えた。
 何せ彼女は自分を敵視――とはいかないまでも、嫌な奴だと認識しているのは間違いないようで、事あるごとにつっかかられたり難癖をつけられたりしている。
 フェイズとしてはそこまで嫌がられる理由が思い当たらないため、彼女の態度は一方的かつ理不尽なものとしか思えない。
 ただ、未成熟な子供というのは得てして、我が侭で理不尽なものかもしれない――そう考えてみれば、納得はできずとも理解はできそうだった。
 どうせ、何故自分にだけ態度が違うのかと問い詰めたところで、まともな答えなど返ってきはしない。ならば年上の自分が折れておくべきだろう。
 彼女の持つ力は確かに強力だが、それでもやはり子供――自分から見て庇護対象となりうる存在――には違いないのだから。
「おー」
 何度か首を左右に振ったところで、聞き覚えのある、平坦だが感慨深そうな声がフェイズの耳に届いた。
 後方から聞こえたそれに振り返って、だがそこにあるのは石壁だった。どうやら壁の向こう側にいるらしい。
「にゃはー、これはいいかもー!」
 石壁を回り込んでみると、そこには座った状態で宙に浮いている二人の少女の姿があった。
「……何をしているんです」
「あ、フェイズだ! おかえりー!」
「遅いのよフェイズ。何してたのよ」
「……情報収集です。それより、姿が見えなかったから探したんですよ」
「すまない、ミスタ・フェイズ」
 声と共に光学迷彩が解除され、機械の巨体が顕わになった。宙に浮いているように見えた少女二人は、予想通り彼の左右の肩に乗っかっていた。
「バッカたんは悪くないのよ。いつまでも帰ってこないフェイズが悪いのよ」
 遅くなったと言っても、見かけたらあんたのこと伝えておくよ、と言ってくれた親切な店主――迷ったが結局やんわりと断った――との話は一分かそこらだったはずだ。
 何よりそれを言うのなら、五分で戻るからと街の奥へ駆けていった副船長達も未だ戻ってはいない。
 つまりこれはいつもの、嫌がらせじみた言いがかり、ということだ。
 ため息の一つもついてやりたくなるが、バッカたんことバッカスの前でそのような大人げない真似をするのも躊躇われた。
「遅くなってすみませんでした」
「ふん」
 頭まで下げてみせたのだが、それが逆に気にくわなかったのかもしれない。彼女は頬を膨らませてぷい、と横を向いている。
 ここで笑って済ませるのが大人なのだろう。
 そうきっと、我らが船長、エッジさんなら、苦笑してさあ行こうと号令をかけるはずだ――
「……まあ、いいです。ただ、遊んでいた人にどうこう言われたくはないですけどね」
 結局、彼女の視線が意図的にそらされていることに耐えられず、嫌味が口をついた。
 言ってから大人げないなと後悔したが、どうしても我慢がならなかった。
 何故、彼女につっかかられるとこんなにも苛立つのか。その答えは今も見つかっていない。
 たぶん、他の仲間――例えば、彼女と一緒に肩に乗っているメリクル――に同じ事を言われたとしても、ここまで内心憤ることはないはずなのに。
「フェイズ、違うってば」
「うむ、我々は遊んでなどいなかった」
「……はあ」
 何故か彼女以外の者から否定され、見れば彼女はえっへんと胸を張ってみせていた。
 普段見下ろすことしかしていないせいか、こうして見下ろされるとますます心がざわつく。
「あのね、これからトロップに行くのに美味しそうなウサギ……じゃなかった、バーニィを捕まえるよね!」
 じゅるり、と口元を拭いながらメリクル。
「ええ、そうですね」
「でも、人数分捕まえるのって大変だよねーって話になって」
 バーニィと呼ばれるあの巨大なウサギは、ふわもこしていながらも異様なほどの力を持っている。とはいえ、一匹に六人全員が乗り込むのは物理的に不可能だ。
 そのため、これまではどうにか人数分を確保してから砂漠へと進んでいたのだ。
「そこで、一匹のバーニィに複数人で乗ることで、捕まえる数を減らすことができるのではないか。……というリムルからの提案があったのだ」
「えっへん。道草してたフェイズとは違うのよ」
「……なるほど」
 つまり、彼らはバッカスと相乗りする案を試していた、ということだろう。全てを理解し納得して、フェイズは頷いてみせた。
「でもでも、あたしはエッジと一緒でもいいかにゃー、とかも思うんだけど……えへへー」
「捕まえる数を減らすことを第一に考えるのなら、ミス・メリクルは自分に乗ってもらい、ミスタ・エッジはミス・レイミと一緒に乗ってもらうのが妥当と考える。バーニィの耐重量的にも問題はなさそうだ」
「えー、それじゃつまんないよー」
 口をとがらせているメリクルを見上げていると、フェイズは視線を感じた。それもひどく不穏な。
 仕方がないと思いながら視線を移動させてやれば、やはり予想通り、彼女の瞳がフェイズを見下ろしていた。
「だから、フェイズはひとりで乗るのよ」
 そう言い放つ彼女は、まるでいじめられっこを見下ろしたいじめっこの如く――さあ泣いてみせろと言わんばかりの、得意げな表情を浮かべている。
(……つまり、これが言いたかったわけですか)
 除け者にされて悔しいだろう、悔しかったら泣きついてみせろ。彼女がやりたいのは多分それなのだ。
 そう――理由はよくわからないが、彼女は自分を格下と思っていて、それを自分にも認めさせたがっている。
(なるほど、実に子供らしい理不尽な考え方です)
 だが、その我が侭に付き合ってやる義理は自分にあるのだろうか。いいや、きっとない。
 付き合ってやるのが大人の対応だとしても、それでも、それだけはやりたくなかった。
 彼女に屈するということは、どこか――そうどこか、今の自分を否定するような心地に似ていたから。
「別に構いませんけどね。僕はリムルと違って一人でも乗れますし、肩に乗って浮かれているような子供でもありませんから」
 言ってしまってから、これではメリクルの事も含んでしまうと気付く。
 弁解を、とフェイズは慌ててメリクルの方を見た。が、当人はエッジと一緒がいいにゃーなどと腕を振り回して駄々をこねている最中で、どうやら聞いてはいなかったらしい。
 ほっと安心しながらも、だがバッカスには聞かれてしまっただろうと、フェイズは決まり悪く俯いた。
「むー……ふん、どうせひりきなフェイズには無理なのよ。やくにたたないのよ」
 が、追い打ちをかけるような彼女の言葉は聞き捨てならなかった。
 子供の言うことだとはわかっていても、非力で役立たずとは失礼にも程があった。
「馬鹿にしないでもらえますか。メリクルはともかく、リムルぐらいなら僕にだって肩に担ぐくらい簡単です」
 売り言葉に買い言葉――そんな言い回しがフェイズの頭を掠めたのは、反射的に言い返した後で、
「ならばミスタ・フェイズ。試しにやってみてはもらえないだろうか」
 続いて返された言葉、そしてそれを告げてきた相手も、フェイズの予想にはなかったものだ。
「はい? え、あの」
「へー、フェイズって意外に力持ちさんなんだねー! やってみせてみせて!」
「何事も可能性があるならば試行すべきだと、科学者として言わせていただこうか」
 今更勢いで言っただけですとは言えず、否定要素を求めてフェイズは彼女を見た。
「……」
 だが彼女は黙って明後日の方を向いている。その頬が少し赤いように見えたのは気のせいだろうか。
「リムル。どうだろうか」
「……フェイズがやれるって言うなら、やってあげてもいいのよ」
 何故か彼女まで乗り気になっていて、もはやフェイズには逃げ道がない。
 残された道は――開き直ることだけだ。
「わ……わかりました。ええ、できます。できますとも」
「では、肩に担ぐよりは肩車という形の方が良いかと考えるが、それで構わないだろうか」
「はい、ではそれで」
 話の流れからすれば、フェイズが彼女を肩車したところで実用性はまるでない。
 バーニィに同乗するのであれば、リムルを前に乗せる形の普通の二人乗りをすればいいだけなのだから。
 冷静ではなかったフェイズはそのことに気付かなかったし、心は熱いが思考は冷静なバッカスは、わかっていてあえて話を進めていた。フェイズのやや失礼な言葉に対する、ちょっとした罰として。
「ではミスタ・フェイズ。肩にリムルを乗せるが、いいだろうか」
「ええ、どうぞ」
 軽く腰を屈めたフェイズの肩に、少女の体がそっと乗せられる。
 彼女の両足を掴み、重心のバランスを取りながら、平気ですと声をかける。
 バッカスが手を離すと、わわ、と彼女がフェイズの頭にしがみついた。フェイズはそろそろと腰を真っ直ぐに伸ばしていき、無事に直立した――のはほんの一瞬。
「っと、たっ……!」
「わ、あ、あぶないのよフェイズ!」
「騒がないでください! い、意外に重――」
「失礼しちゃうのよ!」
 べしべし、とフェイズの頭が叩かれる。叩くために腕を振り上げるせいで、さらにバランスが崩れる。
「やめ、っうわあ!」
 ずべしゃっ。
「……ふむ。九秒フラットか。これではバーニィには乗っていられないな」
「うーん、途中までいいセン行ってたんだけどねー。フェイズー、大丈夫?」
 肩の荷物を取り落とさないことだけを考えて地面に突っ伏したフェイズは、ひどく擦りつけた顎やら頬やらの痛みに顔をしかめつつ、土の味がする口の中をそのままに、後方へ声をかけようとした。
 大丈夫ですか、すみません、やはりあなたの言うとおりでしたね――言うべき言葉、主に大半が言い訳のそれらが、フェイズの頭を駆けめぐる。
 だが、それらを口にする機会は永遠に失われることとなった。
「……何、やってるんだ……?」
「えーたん!」
「エッジ! レイミも、おかえりー!」
「ごめんなさい、遅くなって。……それで、一体何があったの?」
「いや、それが――」
 事情を説明し始めるバッカスをよそに、地面に突っ伏したフェイズの背に乗ったままの少女がエッジを手招き――というにはいささか激しく、腕をぶんぶん振り回し始めた。
「えーたん、えーたん」
「なんだいリムル。……っていうか、大丈夫かフェイズ」
 ええ、なんとか。
 そう答えようとしたフェイズは、背中からの強烈な圧迫感にぐえっと蛙が潰れたような声を漏らした。
「えーたん、かたぐるましてほしいのよ」
「え、肩車?」
「やっぱりフェイズじゃだめだったのよ。だからえーたんにおねがいするのよ」
「は、はあ。話がよく見えないんだけど……」
「してくれないとリム、ここからどかないのよ」
 エッジは逆マウントポジションをキメている二人を見下ろす。
 どうやらフェイズは自力では起きあがれないようだ――そう判断した船長は、先に進むための選択をする。
「わかったよ。じゃあリムル、まずはそこから退くんだ」
「わかったのよ」

 そうしてフェイズがよろよろと体を起こした時には、既に彼女はエッジの肩の上でご機嫌な声をあげていた。
 曰く、やっぱりえーたんはすごいのよー、フェイズとは違うのよー、と。


 その後、フェイズの秘密特訓メニューの中に腕立て伏せが組み込まれたことは、まだ誰も知らない。






 プレイ中、うさたんの宝箱の開け方のワイルドさについてクリア済みの先人達に訴えてみたら、そもそもアレにどうやって全員乗ってんだって話が持ち上がったのが元でこんなことになりました。
 バーニィの手綱はなんかこう……適当にICとかでどうにかしたんだよ!(えー)
 まあぶっちゃけかわいそうな緑モヤシが書きたかっただけでした。大変に楽しかった!!(笑)

 ネタ元のきっかけをくれたり話のオチをくれたりした先人の皆様本当にありがとうございました土下座!
 あとロリコンじゃなかったフェイズの思考について、はにーのフェイリム考察を全力で参考にさせてもらいました本当にありがとー!!
 大変興味深い考察なので興味のある方はぜひぜひ(上記リンク先の「ネタバレ呟き」からどうぞ!)

(2009/04/05 up)

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