ルークがここに来るのは何も初めてのことではなかった。
 訪問回数はそろそろ片手で数えるには足りないほどか。ここ数ヶ月の間、頻繁といえば頻繁に訪れてはいる。
 ただ、一人きりで来たのは今回が初めてであったと思う。そう、これまでは――毎度毎度、なんだかんだと合理的な理由をくっつけて――彼女を伴ってやってきていたのだ。
 物珍しさもあって、ようやく親離れかとからかうと誰がだ!と大いにむくれられたが、この程度の嫌味ぐらい許してもらわないと困る。
 もちろん、久方ぶりの再会が嬉しくないわけではない。
 しかし現在の自分は、かなり強引かつ無茶なスケジュールを気紛れとも取れそうな軽さで押し付けられ続けている身なのだ。突然の訪問というのは、正直なところ歓迎できるものではない。
「で? どうしたんだ今日は」
 何故かいつまで経っても本題らしきものを言い出そうとしない元主人に、直球を投げてみる。
 わざわざ定期船に乗ってグランコクマまでやってきた挙句、何をどうやったんだが知らないが、研究を再開しさらに多忙を極めているジェイドの旦那まで引っ張り出してきたのだ。彼女抜きでやってきたことも併せ、一体どんな用事だというのだろう。
 そういえば俺も久しぶりに会ったな、旦那とは。一見した限り、相変わらずのご様子みたいで何よりだが。
 直球を真正面から受け止めて、うっ、とか言葉を詰まらせていたルークは、やがてぼそぼそと話し出した。
「……そ、相談したいことが、あって来た」
 相談。
 それも彼女抜きで、俺たち二人に。
(……半ば話が見えてきたな)
 ほほう、と旦那の顔が穏やかに、にこやかに歪む。水を得た魚っていうのはまさにこのことだろう。
(ルークおまえ、三年の間に色々忘れたか?)
 例えば――この旦那のアレっぷりとか。
「相談、ですか。私とガイを集めたとなると、……まぁそれ以前の話ですかね」
 苦笑を形だけでも隠すためだろうか、旦那は眼鏡の位置を直す仕草をした。
 あのルークが「相談」なんて殊勝な真似をするのに、理由なんてものは一つしか思い当たらない。
 それに――旦那の言うとおり――それ以前に、いつもいる筈の存在がいないという時点で、おのずと全ては見えてくる。
「な、なんだよガイまで嫌な笑顔しやがって」
 そんな人聞きの悪い表情をした覚えはないんだが。ま、ここは素直に折れておくべきだろう。
「そうか? 悪い悪い。じゃあルーク、回りくどいのはナシだ。悪いが俺たちも暇じゃないんでな」
「ですねぇ。さぁ、キリキリ話していただきましょうか」
 キラリ、と反射する明かりもないのに、旦那の眼鏡が妖しく光る。
(……いや旦那、尋問とか拷問とかそういった物騒なのと違うからこれ)
 気がつけば――思わずそんなツッコミをしそうになるほど――、むしろキリキリ言うのは俺の胃じゃないのかって感じの雰囲気が室内を満たしていた。



*****



「ふむ……あまりにも予定調和すぎて些か面白みに欠けますが、……なるほどねぇ」
 いや旦那いくら早口で言ったって声量そのままじゃ誤魔化してる意味ないだろ。最後だけ重厚に頷いておけばいいってもんでもないし。
 とまあ、ツッコミは全て俺の心の中だけにとどめておいて。
(ま、概ね同意ではあるけども)
 さあ言ってみろと促してみれば、最初はまごついたものの――多分シミュレーションでもしてきたんだろう――ルークは大きく息を吸うと、相談事とやらを一息で言い切った。
 その内容は言うまでもなく、誰よりもルークの帰還を待っていたであろう、彼女とのことである。
「……他に相談できそうな人って見つからなくてさ。ティアのこと知ってるのって、ガイとジェイドぐらいだし」
「ティアの職場の同僚だっているだろう?」
「聞いた。でも皆、仕事中のティアしか知らないみたいでさ、ぶっちゃけあんま参考にならねーっつーか……」
「なるほどな」
 この手のかかる親友がいない間、仲間であった誰もが、まるで不安を振り払うように一心不乱に動いていた。
 もちろん各人の立場的に、やらねばならないことが山積みすぎて消化しきれそうにもなかった、というのも事実だろうが。
 ともあれ、そんな状況にあった彼女が、職場の人間に己のことを話す余裕はなかっただろうし――何より、おいそれと話せるものでもなかっただろう。彼女の性格的にも、その内容的にも。
「となるとやはり、俺たちの出番ってことか」
 下手をすれば年に一度会うか会わないかという状態ではあったが、それでもルークの帰還を待ちわびた者として、その心情を慮った行動指標を立ててやることはできるだろう。
 よって、自分たちに助言を仰ぎに来たルークの判断は、何一つとして間違ってはいない。
(理論的に考えれば。……の、話だけどな)
 何かを期待しつつも、しかしそれに怯えて虚勢を張っているような、真剣で必死な表情が、口を引き結んで回答を待っている。
「そうですねぇ」
 それに応えたのは、いつもの口調の旦那だ。
(……せめてまず旦那抜きで話を持ってきてくれればまだ、良かったんだがなぁ)
 やはりルークは忘れてしまっているのだろう。
 こんな楽しそうな旦那を止めるのは、誰であろうと絶対に不可能だってことを。
「……ま、子供は子供らしく、挨拶から始めたらどうですか」
「あ、あいさつぅ?」
「ええ。おはようからおやすみまで、どの地域であろうとも機会にだけは事欠きませんから」
 一応、どんな爆弾発言が来てもいいようにフォローの体勢に入っていた俺も、その内容の意外さにはさすがに目を瞬かせた。
 旦那が言うにはあまりにもまともすぎるというか――いや確実にそんなことはないんだろうが――、俺にもその意図が掴みきれない。
 とりあえず、
「……まあ、礼儀正しいのはポイント高いよな」
 やや混乱気味のルークを落ち着かせようと、もっともな賛同をしてみるのみ。
「ええ。まともに挨拶の一つもできない貴族などまずありえませんからね」
「……別に、挨拶ぐらいちゃんと言ってるっつーの」
 そう、ルークは挨拶が出来ないほど落ちぶれてはいない。一応、教育係として、最低限の礼儀作法は叩き込んだつもりだ。
「ふむ。ではルーク、明日からその挨拶に一つ行動を付け加えてみてください」
「どんな?」

「 ち っ す です」

(……あー……なるほど)
 この上なく納得した。
「頑張れよー、ルーク」
 ぽかんと口を開きっぱなしにしているルークへ、にこやかにエールを送ってやる。
 するとようやく我に返ったのか、けれど頭が色々ついていけてないようで、陸に打ち上げられた魚みたく口をぱくぱくさせたのち、
「っな、なななんっ、なんだそれ!」
 微笑ましいとしか言いようのない動揺を見せる、七歳児プラス約三年の十歳児。
「いいですかルーク。挨拶とは良好な人間関係構築のための必須要件です。まさかこんな初歩の初歩ですら難しい、……なーんて言いませんよねぇ?」
「っあ、アホか! っつーかそれのどこが挨拶だよ!? そりゃ手とかにする礼儀があるのは知ってっけど、っぜ、全部にいちいちやってる奴なんか見たことねーっつの!」
 うむ、もっともだ。常識人に育ってくれて俺は嬉しい。
 よって助け船を出してやろう。
「俺もあまり見たことはないなぁ。旦那はあるのか?」
「いいえ。私だってありませんよそんなもの」
「っだー! ジェイドおまえっ、人で遊んでんだろ!?」
「おや。今更気付いたんですか?」
 それは、――同情を禁じ得ないほど――だがしかし――まことにごもっともな発言だった。
「まぁ確かに、今更といえば今更だな」
 だから、あまり気にするなそのへんすっかり忘れてたおまえにも多分責任はある、の意味で、はははと乾いた笑いを浮かべてやったのだが。
「――っもういい! おまえらに相談しようとか思った俺が馬鹿だった!」
(いや、そこに俺を含めるのは明らかに間違ってると思うんだが)
 忙しいとこ邪魔したな!とかチンピラじみた捨て台詞とともに、乱暴に扉を閉めてルークは出て行った。
 後に残されたのは、少々納得のいかない俺と、お決まりのやれやれと肩を竦める仕草をする主犯のみ。
(……ほんっと変わらないんだなこの人は……)
 おかげで、さすがにルークが可哀想に思えてきた。
「あーあー。少し、いじめすぎじゃあないのか?」
「そうですか? そんなことはないと思いますがね」
 しれっと回答が戻ってくる。
 まあこのおっさんに何を言っても無駄だってのはそれこそ今更な事実だ。
「私たちも彼女と同じく、どこか不安な日々を三年近く送らされてきたのですからね。――まだまだ、遊び足りません」
 ……いや本当、返す言葉もない。

(最後の一言と、そのめちゃくちゃいい笑顔さえなければ、な)


 そうして俺にできたことといえば、
「……頑張れよー、ルーク」
 完全な他人事として、投げやりなエールを閉じた扉へ送るぐらいだった。
 あのおっさんを止めることはもう誰にもできそうにないし、まあ陛下なら可能かもしれないがあの人は確実に加勢する側だろうし。
 つまり、どうやら、あいつの味方をやれそうなのは自分だけらしかった。

(……仕方ないな)

 できる範囲で応戦してやるか。
 気休め程度にしかならないだろうが、例え完全な負け戦でもつきあってやるさ。

 ――だって、それが親友ってもんだろ? ルーク。






 呼吸をするかのごとく他人をからかうのが常のおじーちゃんと、
 フォローを入れるつもりで入れられない普段はヘタレでもその実体は蝶漢前なパパと、
 なんかとりあえずかわいそうな息子の図。

 もしくは、台本にはふつーに「キス」と書いてあっても子安ならきっとこう読んでくれるに違いないとかそんな話でした。

 あとたぶん私はガイ様および子安に関してはこげなアレっぽいギャグねたでしか書けない気がします。
 正直なところどっちも掘り下げるのが怖すぎる(笑)(いや半ば笑い事じゃない)
 というわけでそのへんは南方にいるものすごい萌えのひとたちを頼りに私は生きていこうとおもいます。にやにや。いつもゴチになってます(萌)

(2006/02/12 up)(※日記より加筆修正)

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