どうにかクランチ前に到着してみると、そこには思った以上に溢れかえる人、人、人。もちろん女子しかいない。
「回収箱ハコチラデース! オサナイデクダサーイ! イソガナクテモ箱ハニゲマセーン!」
 って、わりと黄色い感じの声が飛び交う中に、明らかに浮いてる奇妙なイントネーションはどういうことよ。
 手に持ったカーテンで正面がよく見えなくて、体を横向きにして首を曲げてみる。
(……うわ、ホントにいるし)
 女子がごった返す中、頭一つ半ぐらい飛び抜けた長身は嫌でも目に付いた。まあ、ここ何日かずっと毎日顔を突き合わせてたせいもあるかもだけど。
 そう、実は――もっっのすごく不本意だったけど、チョコの作り方を教えて欲しいって、アタシは奴に頭を下げに行った。冗談じゃなくてホントの話よ。
 最初は海里に教わろうと思ったんだけど……僕じゃ素人同然だし、それに悠ちゃん飽きたら絶対僕に押し付けるでしょ、とか思いっきり見抜かれてたのよねー。
 それに、あんなのでも腕は超一流だしね。頑張って美味しいチョコ作ったら、きっと先生喜ぶと思うな、とか何とか、海里ってばアタシの弱いとこばっかうまく突いてくるんだからっ。
 というわけでアタシはクジューのケツダンをして、チョコ作りの特訓をお願いしたわけ。海里が見学と味見係で同席するって条件でOKしてもらったんだケド、……ホント苦労したわ……。
 で、その努力の結晶が、今アタシの指先にひっかかってる袋の中身なわけだけど。
(うん?)
 やたらてきぱきと押し寄せる女子を捌いてるのもそうなんだけど、時折チョコをもらったりもしてるのは意外ね。って、よく見たらしっかり綺麗な子からだけ受け取ってるじゃないの。相変わらず失礼な奴ねアンリってば。
 それにしてもこの人数、どうやって入口まで辿り着けばいいわけ?
 いっそ全部投げ出して帰ろうかしら。まあ、できるわけないんだケド。
 あの三人にあそこまでお膳立てされてバックレるとか、あの石じゃなくてもバチが当たりそうだわよっ。
「ハイハイトオリマスカラドイテクダサーイ!」
 などと二の足を踏んでいるところに、パンパンと手を叩く音と声が近づいてきた。
 アタシの前で足を止めたアンリは、体を屈めるとひそひそ声で――でもいつもの嫌味ったらしい口調でもって――言ってきた。
「オネーサン、ゴクロウナコトデース」
「アンリ! って……まさか、あんたも一枚噛んでたとはね」
「海里サント郁美サントノオショクジカイノタメナラ、オヤスイゴヨウデース」
「んな! 海里だけでなく郁美まで体を張って……あんた、食事以外のことしたらしょうちしないわよ」
「ナンノコトデースカ? サ、リョウカンシツハコッチデース」
 それぐらい知ってるわよ! と反論する間もなく、アンリがかきわけてきた人垣でできた道――なんだっけ、昔のスゴイ人が海に道を作ったっていうアレみたいな――を、カーテンの山で顔を隠しつつ進んでいく。
 ……なんか、ちくちくと刺さる視線が痛いんですケド。ビミョーに殺気立ってるなあ、みんな……。
 ていうかこの状況、もしアタシが女子だってバレたら本気で怖すぎるんですけどーっ!

 クランチの中に入ったところで、ケントウヲイノリマース、とか言い残してアンリは戻っていってしまった。
 普段より人気のない寮内をよろよろ進んでいくと、わりとあっさり寮監室まで来てしまった。
(……き、キンチョーするわね)
 とりあえずノックをしようと思って、カーテンを持ったままじゃできないことに気付いた。
 仕方ないので、持ったカーテンを扉に当てる感じで、ゴツゴツ、とノックっぽい音を出した。誰だ、と室内からくぐもった声が返ってくる。
「じ、自治会の代理で、カーテンお持ちしました」
 なるべく低めの声で言ったつもりなんだけど、大丈夫かしら。
「……ああ、そうか。朗がそんなことを言っていたな」
「あの、両手塞がってるんで開けてもらえると……」
「あ、ああすまない」
 コツコツと急ぎの足音が聞こえる。
(ていうか、もう手が限界……)
 キイ、とドアが開いたところに、両手の上に積まれていたカーテンがぐらついて、出迎えてくれたその人に押し付ける形になってしまった。
「っと……全く、台車の一つもあるだろうに。すまなかったな、頼んでしまって」
「い、いえ……」
「……悠里!?」
 うわっ、一発でバレてるしっ。
「あ、あは、どうも……あの、手が痺れてて、そろそろ下ろしたいなー、なんて……」
「あ、ああ。そのまま歩けるか? テーブルに置こう」

 時間にして十分ちょっと、ようやく目的地に足を踏み入れたアタシの後ろで、ドアがバタンと閉まった。



 ひいふうみい、と日本風にカーテンの枚数を数える先生の背を見ながら、すうっと深呼吸。
 大丈夫ちゃんと味見はしてもらったし! っていうかまがりなりにもアンリのお墨付き(強引に納得させたとも言う)をもらったんだから、その点では問題ないんだし!
 だから最悪、このチョコの入った袋をここに置いて帰ったっていい。
 一応、アタシの名前を書いたカードが入れてあるし。
 面と向かって言いにくいならこれに書けばいいんじゃない? ……っていう例の海里の入れ知恵、結局、何書いたらいいのかわかんなくてメッセージ欄がまっさらなのよね。
 「言いにくいこと」ってのはそもそも言葉にするだけで一苦労なんだってよーくわかったわ。
「……ふむ、合っているようだな」
 数え終わったらしいタイミングを見計らって、その背が向き直らないうちに、
「せ……っじ、ジェイク」
 二人のときだけの特別な呼び方を口にする。ううっ、声震えてるのバレバレだわ。
 でもここで引き下がることなんて、できるわけない。
 アタシの歩んできた道には、皆の屍が……もとい、皆の多大なる協力という名の犠牲があって、アタシはここに辿り着いたんだから!
「……悠里?」
 ちょっと訝しげにアタシを見下ろす視線。
 そのど真ん中へ、勢いよく両手を突き出した。持ったままの子袋がぷらぷら揺れている。先生の視線はたぶんそこにあるハズ。
 位置的に子袋でアタシの顔が隠れてると思うし。
 てゆーか既に耐えられなくて下向いちゃってるけどねアタシ!
(し、仕方ないわよっ、マトモにこうやってチョコ渡すのなんか初めてなんだから!)
 むしろ海里が大量に抱えてきたチョコを処分する役だったし。あとはパパの居所がわかってれば、航空便で送ったりとか、本当それぐらいで。あ、それから郁美にもよく貰ったわね、手作りのすんごい美味しいやつ。
(……アタシのバレンタインって……)
 今思うとこれっぽっちも女の子らしくない過ごし方をしてたよーな。
 って、今はそんなことを考えてる場合じゃなくって!
「悠里。これは……チョコレート、か?」
「そ、そうですっ」
「私に?」
 他に誰がいるのよ!とか叫びたいのを抑えつつ、こくこく頷く。っても、下を向いたままだから中途半端に頭を揺らして髪をぼさぼさにしただけだった。
 う、受け取ってくれないと髪も直せないんですけど!
「教師に対するチョコの類の譲渡を禁止する。――という本年度からの規定はもちろん知っているな? 悠里」
 言い方は、学生に注意を促すときの厳しい言葉そのものだったけど。
 その口調とか、声色は、
(……もしかして、わかってて言ってないですかそれ!)
 ちょっと親しみが込められた、からかうような何かが、そこにある。
 他の人にはわからないかもしれないけど、アタシにはその判別がつくようになってしまっていた。
 つまり、
(――か、)
 からかわれてるわけですか、アタシ。
「……知ってます。だ、だから、名前で呼んだじゃないですかっ」
「ああ。そうだな」
 さらりと肯定される。
(や、やっぱりわかってたんじゃないのーっ!)
「では、これは――」
 アタシの手に先生の指が絡まったかと思うと、自然な動作で子袋が抜き取られる。
「私はただのジェイクとして、――悠里という大切な女性からの贈り物として、受け取ろう」
 だから何でそういう恥ずかしいことをさらっと言ってくるのよーっ! だいたい堂々とされてるから動揺してるアタシの方が場違いっていうか間違いみたいな感じだし!
 返す言葉もなく、ただ脳内を混乱させ顔を赤くするばかりのアタシ。
 そんなアタシをずっと見つめている、先生の切れ長の目がすうっと細められた。
(……え)
 すいっと伸びてきた手がアタシの頬に触れる――かと思ったら掠めただけで、続いて耳たぶが軽くつままれてすぐ離されて、ちょんちょりんに結わえた髪の毛に。
 アタシの髪の毛がばらけて落ちて、先生の手にかかった。それを優しく払いながら、手が戻っていく。
「ショートも悪くはないが、やはりお前は、こうしていた方が似合うな」
「っそ、そおです、かねっ、あ、あははは」
 単に見慣れただけじゃないんですか。
 とかあまりの恥ずかしさに一人で離脱したアタシの理性が、冷たく感想を漏らしてる。あああ、アタシだって逃げたいのに……!
 それはさっきの手つきよりも、あまりにも自然な動作すぎて。
 ここは日本のど真ん中だっていうのに、何の違和感もなく。
 アタシのなんてことはないただの手を優雅に取って。ゆるく持ち上げていき、
「ありがとう、悠里」
 ちゅっ、とかこれ本当に小さい音だったに違いないんだけどアタシの耳はそれをしっかり聞き取っちゃったりなんかしちゃったりしてて、
「……ど、どーいたしましてッ……!」
 即行で逃げ出そうとしている体を必死に抑えながら、ひくついた声で、どうにかこうにか返答した。

(……ぶっちゃけ、ディープなのされるよりずっと恥ずかしいんですケド……)

 とは、もちろん言えるわけがなかった。



「……じ、じゃあアタシ帰ります。制服返さないとだし」
「駄目だ」
「へ?」
「時間を見てみろ。もうすぐ17時半だ。リミットの三十分前後は寮の玄関に近づかないようにと寮生に伝えてある」
「た、確かになんか外が騒がしいよーな…」
「おそらくパニックになっているだろうな」
「ひえええ。……ってアタシもしかして、しばらく出られないってワケです、か……?」
「そうなるな」
「ううう。って、どうしよう海里が待ってるかもしれないのに! せ、先生、ここって内線電話とかありましたよね、貸してもらっていいですか」
「その必要はないだろう。朗も悟も全部知っていてお前をここに送り出してきたのなら、海里に説明ぐらいはしているはずだ」
「あ、そっか。そうですよね」
「何せ夕食の時間すら遅らせたからな、今日は」
「……確かに、玄関があれじゃあ誰も夕食の時間に間に合うわけないですよね」
「ああ。おかげで点呼が始まるまで、あと一時間は余裕がある」
「うっわ、じゃあ皆おなかすいてそーですね。あー、アタシも食べて行きたーい」
「さすがにそれは許可できないな」
「はぁーい、わかってます」
「というわけで悠里」
「はい? って、え、あ、あの?」
「きちんとした礼は来月まで待ってもらうが、簡易的なものなら、今ここで返そうと思ってな。お前のことだから、三倍返しとでも言うつもりだったんだろう?」
「い、言わないですっていうか絶対言いたくないです、っあ、あああのっせ、先生ここ学園なんです、けど!?」
「悠里。二人きりのときは――」
「ちょ、あの、せん、っていやあのジェイクすとっ」

 そんな感じで、アタシのバレンタインはビミョーにハランバンジョーに終わったのでした、まる。






 もはや誰も覚えてなさそうなカップリングで今更のようにバレンタインネタでした。
 毎年この時期になると手を付けて、しかし間に合わなくて放置を繰り返して早数年、無駄に長くなったものの何とかなって良かった!(笑)

(2008/02/14 up)

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