めをあける。
 まわりがあかるいから、あさ。
 もうふのなかからでてみても、カタナはおきない。
 もうふをそーっとかけなおして、ねがおをみる。
 ずっとみてたけど、やっぱりおきない。
 ゆっくりゆっくり、きのうカタナがつくったきばこのベッドからはなれる。カタナのかおをみたまま、うしろむきで。
 じゅっぽくらいはなれてから、もういちどじーっとカタナをみる。ぜんぜんうごかない。でも、すー、すー、とねむってるこえがきこえる。
「いってくるね、カタナ」
 こごえでいってから、いりぐちのドアをそーっとそーっとおしあけた。



 こうえんまではしる。
 ホットドックやさんはあさしかいないから、カタナといっしょにねぼうするとたべられない。とってもおいしくて、ケチャップおおめっておねがいすると、ほんとうにたくさんつけてくれるから、このおみせでなくちゃだめ。
 まえ、カタナがはやおきしたときにたべて、ほほがぴくってなってたの、サユリはちゃんとみてたもん。
「おはよう、おじちゃん」
「おはようお嬢ちゃん。今朝はひとりかい?」
「カタナはまだねてるの」
「それでひとりか。えらいなぁ」
 カタナとのやくそくをやぶっちゃってるから、ほんとうはえらくないけど。
 せつめいしてるうちにカタナがおきちゃったらこまるから、えへへとわらっておいた。
「ホットドッグふたつ、くださいなっ。ひとつは」
「ケチャップ多めに、だろ? 待ってろ、すぐにアツアツのを作るからな」
 ポケットからおかねをとりだして、こうかんにホットドッグをもらう。かたてにひとつずつ、ちょっとあつい。
「熱くないかい?」
「へいき。ありがと、おじちゃん」
「気をつけて行きなよー!」
 あついまま、カタナのところにもっていかないと。
 きたみちをいそいでもどる。



「どうしよう」
 くるときはりょうてであけれたけど、いまはりょうてにホットドッグがあって、ドアがあけられない。ここをあければカタナがいるのに。
 てにもったホットドッグをみくらべて、ひだりてのほうがカタナのぶん。ホットドッグをつつんだかみから、あかいケチャップがはみでてる。
 みぎてにあるのがサユリのぶんだから……
「よいしょ」
 ドアからすこしはなれたところに、みぎてのホットドッグをおいた。つつみがみがあるから、おいてもたべられるもん。
 みぎてでドアをあける。カタナがおきないようにそーっと、そーっと。
「ん……っしょ」
 あいたドアをせなかでおさえて、じめんにおいたホットドッグのほうをふりむいた。





* * * * *





 まどろみの中、光量が強くなった気がした。
 朝か、と脳が判断するが、そこから行動にまで結びつかない。朝だからどうだというのか。朝だからやらねばならないことが、自分にはあったような気がする。
 ……が、よく思い出せない。
 そして何故か、それはすぐにでも思い出さねばならない気がする。
 目を閉じたまま奇妙な焦燥に駆られ始めたとき、甲高い叫び声が鼓膜を震わせ――その一瞬で視界も思考も全てがクリアになった。
「あー!」
 起き上がりざま床に置いていたコートを蹴り上げ、ふわりと浮いたそのポケットから銃を抜き取る。勢いそのままに声のした方向――ドアだ――に駆け寄ろうとしてようやく、朝、確実に起きなければならない理由を視認した。
 声色からして危険が迫っている風ではない、そう判断したのは間違っていなかったようだ。起こした撃鉄はそのままに少女の下へ急ぐ。
「あ、カタナ……」
 困惑の表情を浮かべた少女が見ていた先――ドアの外を見やる。
 まだ太陽が低い位置にある、早朝と呼ぶべき時間。人通りのない道には野良犬が一匹いるだけだった。走り去るその口に何かが咥えられている。
 すぐ側の少女に目を落とした。
 小さな体で閉じようとするドアを押さえ、右手はノブを、左手にはやけに赤く染まったホットドッグ。
 ――それで、だいたいの状況は理解できた。

「サユリ。一人でメシを買いに出るなと言っただろう」
「……おなか、すいちゃったから」
「何故俺を起こさない」
「カタナ、きもちよさそうにねてたから」
 小さくため息をつく。
 サユリの気遣いは裏目にしか出ていない――そんな気がする。無論、その気遣いが嬉しくないわけはないのだが。
「あさごはん、カタナのだけになっちゃった」
「……勝手に一人で行ったりするからだ」
 ぼそりと言い捨て、背を向けた。
 きっと傷ついたであろう、サユリの表情を見たくなくて――けれど、こうでもしなければわからないだろうと、必死で自分に言い聞かせて。
 いつもついてくる足音が今はない。ドアのところでサユリは立ち尽くしているようだった。
「……」
 はあ、と今度は大きなため息をついて、覚悟を決めた。振り返る。
 そこは予想した通りの光景が広がっていた。
 閉じようとするドアを小さな身体で支え、残った朝食を両手で宝物のように持って、こちらを見ているサユリ。その表情は――逆光でわからない。
 そのことに安心しながら、勤めて感情を乗せないように呟く。
「何をしてる」
「カタナ、おこってる?」
「さっきまではな」
「いまは?」
「……メシにする」
「うん!」
 途端、はじけるようにサユリは駆け出した。
 支えを失ったドアがバタンと閉まって、室内はにわかに薄暗くなる。その中を、わずかな朝日を反射した金髪がぱらぱらと舞った。
「はいっ、カタナ」
 差し出されたそれを受け取る。まだ温かいそれは作りたてなのだろう。柔らかなバンズに指痕が窪んだ。
 二人でベッド代わりにしていた木箱に座る。
 サユリはぷらぷらと足を動かしてこちらを見ようとはしなかった。その様子をじっと見つめると、視線に気付いたサユリがえへへと笑う。
「サユリはいいよ。おひるまでがまんする」
「……罰のつもりか?」
「うん。いけないことしたら、おしおきなんだよね」
 無意識にか腹のあたりを押さえながら、サユリはまた視線をそらした。自分から――というよりは、唯一の食物から。
「お前は、ケチャップは普通のが良いんだろう?」
「ん……でもサユリ、ケチャップすきだよ」
「なら、半分ずつだ」
 少し力を入れて、ホットドッグを二つに割る。断面からわずかに湯気があがった。
 ぱっと見で小さめな方を差し出す。
「でもカタナ」
「罰として、今日はケチャップが多いのを食え。それに懲りたら、二度と一人で出て行ったりするな」
 サユリはケチャップで赤く染まったホットドッグの片割れと、こちらの顔を交互に見て。
「……うんっ」
 ぱっと顔をほころばせて、サユリはようやく朝食を受け取った。

「おいしい」
 にこにこと、口のまわりをケチャップで汚しながらサユリが笑う。と、それから何かに気付いたのか、すっと笑顔を消した。
「……サユリ?」
「カタナの、はんぶんになっちゃった。カタナはわるくないのに」
「別にいい」
(これは、一瞬でもお前を傷つけたかもしれないことへの、罰だ)
 それは心中で続けて、気になるなら二度とするなと念押しする。気落ちしたように頷く金髪に手を乗せて、金糸を指に絡めた。梳くように幾度か撫でて、サユリが食べ終わるのを待つ。
「ごちそうさま」
 いつもより小声で朝食の終わりを告げたその口を、俺は有無を言わせず塞いだ。
 ただ触れるだけの行為を繰り返しながら、その回りの赤いケチャップを舐め取って。

「ごちそうさま」

 呼吸困難で頬を染めるサユリに、そう告げた。






 なんかもしかしなくてもばかなんじゃないのかわたしは……!(今更)
 あとサユリたんが全部ひらがなですいません。小学生程度の漢字くらい混ぜるべきなんですがやってみたら何か違和感があったのでつい(ついじゃねえ)

(2005/03/07 up)

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