「ああ。わかっている」
 特注のメットを被り終えると、真剣な表情をしていたはずのC.C.の顔は何故か半眼になっていた。
「? 何だ?」
 C.C.は答える代わりにため息をつき、ソファから立ち上がった。二人しかいなくなった部屋に、コツコツと足音が響く。
 座ったままのこちらの前まで来て、不服そうに見下ろされる。
「全く、相変わらずわかっていないな、お前は」
「何のことだ」
 やはりこちらの問いには答えずに、C.C.は両腕を伸ばしてきた。反射的に退きかけたところで、メットの後頭部を奴の手が包む。
 ほどなくして、プシ、と圧縮された空気が排出される音がする。
 当然のようにメットは抜き取られ、机の上へと置かれた。
「何のつもりだ。ここはまず、戻った団員達も含め全体の士気をまとめておくべきだろう」
「もちろんだ。だがその前に、一つ忘れていることがある」
 高速で思考を巡らせる。現状で、団員の士気をまとめるよりも優先順位の高い項目――まるで思い当たらない。
 無論、やるべきことは山積みだ。だがそれは、復活した「黒の騎士団」が一丸となって取りかかるべき事項や、俺個人がうまく立ち回っていくべき事だ。
 それがどんなに重要度が高かろうと、処理的な順位は「団員の士気をまとめあげる」事が第一だ。
「……何だ?」
 じっくり三十秒の黙考の後に、三度の質問を重ねる。これは降参ではない。断じて。
 いつの間にか机に腰掛けたC.C.はニヤリとした笑みを浮かべ、ひどく楽しそうに言った。
「おまえが不在の間、代理として立ち回っていた愛人に褒美くらいあってもいいだろう?」
 意味不明の単語が発されて、瞬間的に思考がクリアになった。
 白紙的な意味で。
「――あ、あいじっ……!? っな、何だそれは!」
「何だ、知らないのか? 団員達の間では随分前から有名だぞ?」
 からかうように――そしてどこか自慢げに、C.C.は続ける。
「素性も知れず、ゼロの部屋に入り浸っている私は、ゼロの愛人なんだそうだ」
「っふ、ふざけるな!」
「それはこっちのセリフだ」
 途端、C.C.は表情をきつく歪めた。
 整った眉を寄せ、ころころ鳴る鈴の音に似た声色をどん底まで低くして、忌々しげに呟く。
「あまりに腹が立ったんで、玉城がこれをネタにつっかかってきた時にはシメてやったくらいだ」
 なら何故今更「愛人」などというふざけた呼称を持ち出す!
 奴の意図がさっぱりわからず、だが何と言い返せばいいのかもわからない。とりあえずできたことといえば、こちらも負けじと不機嫌そうに睨み返すだけ。
 しかしC.C.は何も喋ろうとしなかったので、まるで話が続かない。
 こんな下らないことで時間を食っている暇もない。仕方なく、こちらから口を開いた。
「それで。何でその……気に入らない「愛人」として、褒美なんか欲しがるんだ」
「「ゼロの愛人」、という肩書きは思いの外箔が付いてな。ゼロのいない間、残った奴らの士気をまとめるのに大変役立った。だから、嫌々ながら仕方なく使っていたというわけだ」
「……迷惑料を払え、と言いたいわけか」
 さっきと同じように、C.C.は何も答えなかった。ただ、こちらをじっと見つめ、睨み付けるのみ。
 負けじとその視線を見返すが、やはり奴の意図するところはわかりかねた。
(……全く)
 やれやれ、とこれ見よがしに肩を竦めため息をついてやる。とはいえ、素直に従うのも癪に障るので一つ言い返しておくことにした。
「おまえは魔女じゃなかったのか?」
「ああ、そうだ。私は魔女だ。だが――」
 C.C.は片手を机につき、それを支点にしこちらを覗き込むように半身を屈める。
「魔女は、魔王がいなければ存在できない」
 そのひどく真剣な瞳は、言外に「おまえが言ったことだ」と告げてくるようで――知らず、手を握りしめていた。強く。瞬間的に発露しそうになった感覚を抑え込むように、強く。
「……そう、だったな」
 答えた声は掠れかけていた。
 一つ咳払いをする間に、感情も表情も何もかもを立て直し、改めてC.C.を見上げる。
「望みはなんだ」
「そうだな。愛人に相応しいものでももらっておこうか」
「金か? それとも、別荘でも欲しいか?」
「発想が貧困だな、ルルーシュ」
 ぐ。半ば冗談だったんだが、というかこいつのツッコミはどうしてこういつもいつも腹立たしいのか!
「なら、ピザか? 十枚までなら許してやる」
「少ない。せめて三十は寄越せ」
「どれだけ食うつもりだ、おまえは!」
「好きな物を好きなだけ食べて何が悪い。……まあでも、その内容だと「愛人」である必要性がないからな、ピザについては別途要求させてもらう」
 ツッコミどころか態度そのものが腹立たしいことこの上ない。
「……なら、一体なにが欲しいんだ!」
「まあ、言うなれば愛だな」
 再び意味不明で理解不能の単語が出てきた。
「……C.C.。悪いが、わかるように言ってくれ」
「愛、だ。それぐらいわかるだろう? 辞典でも調べるか?」
 素で頭痛がしてきた。いつになったらこの下らない茶番は終わってくれるんだ。
 やがてC.C.は呆れたようにため息をついた。
「仕方ないな、童貞ボウヤには難しい単語だったようだ」
「っ……!」
 まだ言うかそれを! この魔女が……!
「ボウヤのために噛み砕いて言ってやろう。ご褒美のキスを寄越せ」
 噛み砕かれたはいいが、結局俺の理解が及ばないことには変わりがなかった。
「……何故」
「愛人らしいだろう?」
「どこがだ!」
「キスは愛情表現の一つだ。なに、安心しろ。チェリーを取って食ったりはしない」
「な……!」
 握りしめた拳は、今やこの理不尽かつ屈辱的な暴言に耐えるためにあった。強く。殴りかかられないだけ有難いと思え! という心意気のままに、強く。
 ただ、そうしたところで軽く避けられて終了という予感は気のせいだ、だが可能性として失敗があり得るならば今はその賭けに出るべきではない。そう俺は判断した。ああ俺は冷静だ、冷静だとも。
「どうした? キスは初めてではないはずだが……まあ、それは全て私からだったしな。おまえからの褒美なんだから、おまえからしてもらおうか」
 どこまで俺を小馬鹿にしたら気が済むのかこの魔女は。
 愛を寄越せというのは建前で、俺をからかって遊ぶことこそが褒美なんじゃないのか。
「早くしろ、ルルーシュ。団員達もゼロを待っているぞ?」
「……っ!」
 そうだった。くそ、遅れれば遅れるほど団員に不安を与えることになる。
(――ええい、ままよ!)
 C.C.の腕を掴み、力任せに引っ張る。
 がくんと沈んだC.C.の顔に手を添えようとして、ぺちり、と軽く頬を張る形になりつつ――

 ――がちん。

 触れ合ったのはほんの一瞬。
 互いにすぐに顔を離し、口を押さえ、声にならない声をあげた。



 そうして、強打した前歯の痛みを堪えつつ、団員の前へと姿を見せたわけだが――途中で前に出てきた藤堂と扇には感謝せねばなるまい。
 あのときはまだ、長文を喋り続けるのは若干辛かったからな。







 というわけでゼロは皆の前に出ても口数が少なかったんだよ!!(な、なんだってー)

 ルルが愛人呼ばわりを知らないのはどうかと思ったけどあえて知らない方向で押し切ってみた。なんていうかすいません色々とその出来心でした!(笑)

(2008/05/07 up)

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