目が覚めたのは夜中だった。しんと静まった空気と、窓からの光景でそれを判断する。
 がりがりと頭を掻きながら半身を起こした。ふわあ、と欠伸を一つして、涙の滲んだ視界を数回のまばたきで回復させていると中途半端な欠伸が続く。
(……トイレでも行って寝なおすか)
 ブーツを履いて立ち上がり、ふと自分の寝床を振り返った。俺をご主人様呼ばわりする獣がベッドの隅っこに転がっている。
 聖獣というにはあまりにも威厳さその他諸々が不足しているこの獣は、半ば押しかけられる形でいつの間にか成立してしまったこの主従関係を、ひどく律儀に――そして無駄に嬉しそうに――守っている。
 例えば、従僕たる自分が主人より先に眠ったりはしない、とか。
 なのでこの獣が寝ているところというのはあまり見たことがなかった。俺は興味本位で奴を覗き込んでみる。
(……うっわ、幸せそうな顔しやがってこいつ)
 ほんの一瞬だけ和むような心地を感じたものの、すぐに理由もなくムカついてきた。思わず鼻でもつまんでやろうかと考えたが、そんなことをしてもしょうがないか、と思い直す。
 それで起きちまったこいつと会話するのもムカつくだろうし、何よりめんどくせぇ。
 さっさとトイレに行って来ることにした。
 あんま音を立てないようにドアを開け閉めしたのは何となくだ、何となく。今、夜中だし。隣の部屋のティアとか起こしたら悪いだろ。うん。



 トイレを出てもっかいこみ上げてきた欠伸を噛み殺していると物音が聞こえた。部屋の外からだ。じっと耳を澄ましていると、どうやら誰かが宿から出て行ったらしい。
 そっと部屋のドアを開けて様子を窺ってみる。ちょうど、長い髪の毛が路地の向こうに消えていくところだった。
(……ティア?)
 場所が場所だけに――ここはシェリダンの宿だ――少し前、ナタリアの後を追いかけていったことを思い出す。あのときはナタリアを慰めるつもりが、結局デバガメになっちまったんだよな。くそ。
 握ったままのドアノブを、引くか押すかで迷う。
 ここに来てまさか、一人で抜け出してヴァン師匠の所へ行くなんてことはないだろう。何せ明日はタルタロスで地核に潜るのだから。
 だから、ティアがいなくなってしまう心配はない。ないけれど。
(眠れないんだろうか)
 俺にとっても、夜はあまり歓迎できる時間ではない。朝までぐっすり眠れることなんてほとんどない。
 その日に自分がした行為を省みて震えが止まらなかったり、悪夢にうなされて目が覚めてしまったり。体の疲労にまかせて泥のように眠る以外、深い眠りというものは訪れてはくれない。
 それは自業自得なんだし、受け入れなきゃならないことだ。わかってる。
 どんなに逃げ出したくても投げ出したくても、それだけはしない。俺は変わるんだって決めたんだ。辛いことも苦しいことも、一つ残さず、この身で受け止めなきゃならないって。
 俺はそう理解して、納得もしたんだ。
 まあ、そんな自分ならともかく――もしティアが眠れないんだとしたら、それは。
(師匠のこと、……だよ、な)
 俺が話を聞いて、あるいは何かを言って、それでティアの心が軽くなるとは思えない。だって俺はまだ、あらゆる意味で未熟すぎるから。

 ――けれどだからこそ、一瞬だけ見えた、あの寂しそうな背中を放って、眠りにつくことなんてできそうもなくて。

 俺は、先ほどと同じく音を立てないようにして、ノブを掴んだ手に力を込めた。





 舗装されてはいるものの、砂と砂利が散らばっている――バチカルみたいな都会とは違う――道を、じゃりじゃりとした足音を立てないよう進む。
 ……のは、無理だった。爪先立ちで何歩か歩いてみたけれど、坂道に入ったところでバランスを崩しそうになって止めた。
 ティアが消えていった路地を曲がったその先。
 海上に突き出すように作られた見晴台のところに、昼間でも灯されている松明に照らされた、ティアらしき人影が見えた。
 俺はゆっくりと近づいていく。ティアは手すりに寄りかかる形で、何かを握り締めるように手を組み合わせていた。
 雰囲気からして、近寄っていいものか迷う。けれどここまで来て戻るのも何だし、それにもうティアには気付かれてるんじゃないだろうか。
 気配の消し方って誰に教わるのがいいんだろうな。やっぱジェイドあたりか? でもタダで教えてくれそうにないし、何よりそこまで俺は気を許されちゃないだろうし。後でガイにでも聞いてみよう。
 まるで関係のないことを考えて緊張を抑え込みながら、見晴台の入口付近で深呼吸を一つ。
 こんなに近づいても微動だにしない相手の、名前を呼んだ。
「ティア?」
 弾かれたように両の肩が上がって、振り向いたティアは驚いたような顔をしている――ように、見えた。
 あれ、気付かないフリをしていたんじゃなくて、本当に気付いてなかったんだろうか。……あのティアが? いや、暗いから見間違っただけかもしれない。
「……ルーク。どうしたの、こんな時間に」
「いやそれはこっちのセリフ」
 トイレに起きたら物音がしてティアが出て行くのが見えたから、経緯を正直に言い訳しながら歩み寄る。かんかん、と鉄製の足場が少しだけ耳障りな甲高い音をたてた。
 残り数歩、互いの表情がわかる位置になって、ティアはもう組み合わされていない自分の右手を見た。その動きにつられて目をやると、まるで隠すように、ティアは両手を後ろへ持っていった。
 素早い動きだったけど、松明の灯りに反射してきらめいたそれは、たぶん。
「それ……もしかして、あのペンダントか?」
 隣に並んで同じように海を見つめる体勢を取ってから、聞いてみた。
(……あれ?)
 何故かティアはその柳眉を八の字に曲げている。
 やがてゆるゆるとそれを戻していくと、小さく息を吐き出して、
「……ええ」
 こくりと頷く。そして声をかける前と同じように、手すりに寄りかかった。
「なら、別に隠すようなもんじゃないだろ」
「え、……ええまあ、……そうね」
 ティアの返答はぎこちなかった。……実は見られたくなかったんだろうか。
(聞かなきゃよかったかな……)
 俺はティアに対する理解力の低さにこっそりとため息をついた。ホントに駄目だな、俺。
「……ティア」
 なに?と相槌を返すティアは、前を見つめたままだった。松明の灯りが反射してるのか、妙に頬が赤く見える。
「その、……ほんとに、ごめんな」
「え?」
 それ、と遠慮がちに指と、あと視線で示す。
 未だ消えてくれない後ろめたさについ、遠回しな表現をしてしまったのだが、ティアはわかってくれたらしい。ふわりとその表情が緩んだ。
「あのとき、いいのよって言ったでしょう?」
「そうだけどよ。でもあんときはちゃんと言えなかったっつーか、言わないと気が済まないっつーか……」
 今の俺は昔と違って、「謝る」って行為を知ってる。
 乱発すればいいもんじゃないってのはわかってるけど、でも、これ以上駄目だと思われたくないし、変わっていないと思われたくないしで、口にしちまってた。
 つーか、こうして言い訳がましくしてるのがまずだっせぇよな……マジに駄目すぎだ、俺。
 はあ……ってやべ、あからさまにため息なんかついちまった。一体何しに来たんだよ俺は。
「ルーク」
「え、あっ、なに」
 気がついたらティアを直視できなくなってた俺は、慌てて視線を上げた。
 そこには、ひどく真剣なティアの顔がある。
「ルーク。私はあなたと約束したわ」
 俺は、その真摯な視線に釘付けになった。というか、まるでそういう譜術でもかけられたみたいに、身動きができない。
 どうにか動いた口だけが、約束、と掠れて復唱する。
 ティアは表情を変えぬまま頷くと、閉じていた口を開いた。
「あなたを見ているって。変わりたいって思って、変わろうと努力する、あなたを見ているって」
 すっと、ティアの瞳がすがめられる。
「あれから色々あったけれど、私はあなたを見てきた。そしてあなたは私に、「変わりたい」って気持ちがほんとうだと、見せてくれている。……そして」
 澄んだ声が途切れると、それこそ呪縛から解き放たれたように、俺の体に自由が戻ってきた。
 ティアの視線が、己の広げた手のひらに注がれている。
「これも、その一つ」
 松明に赤々と照らされたそれはなおも、元来の青さを主張していた。ティアの母親の形見だという、ペンダント。
「出会った頃のあなただったら、取り返すなんて考えつきもしなかったでしょう?」
「……ああ。情けねえけど、その通りだ」
「でもあなたはこうして取り返してくれた。私が止めるのも聞かずによ?」
「あ、ああその、金のことなら、色々落ち着いたらとりあえず父上……いや、母上に借りて返す。あれはみんなの金だもんな。それで母上たちには、世界が平和になったら働いて返す。だから……」
 さらに駄目出しをくらったと思った俺は早口で弁明する。
 まあ当然、その場しのぎで言葉が続くわけもなく。あっさり口篭もった俺を見て、ティアはくすりと笑った。
「そうね。……ほら、また見せてもらったわ」
「え?」
「あなたが「変わった」ところ」
 ティアはそっとペンダントを握りこむと、もう一方の手をそれに重ねて、胸の前に持っていく。
 とても大事に――守るように。
 数秒だけ閉じられた瞳は、下方を向いたまま開いた。
「繰り返すけど、私はあなたと約束をしたの。私はその約束を守っただけ。あなたもそれを守って、私に見せてくれた。……それだけのこと」
 だから、と今度は柔らかな視線が、俺を貫いた。というよりは、包んだ。
「謝る必要なんてないの。それに何より、当事者の私がいいって言ってるんだから、もういいのよ。気にしなくて」
「ティア……」
 何かが氷解していくような、そんな感覚。端的に言葉にするなら――どこまでも優しい、温かさ。
 俺はその何ともいえない、胸を締め付けるようなモノに戸惑いながら、必死に考えた。
 今ある気持ちは何なのか。俺をずっと見てくれているティアに、何と返せばいいのか。どうしたら、ティアに幻滅されずに済むのか。
 やがて見つけ出した、正解かどうかもわからない答えを――でもどこか大丈夫だと確信を持ちながら――口にする。
「……じゃあ、言い換える。ありがとう、ティア」
 ぱち、ぱち。
 ティアが大きく、それも二回も続けて、まばたきをした。
 きょとんとした表情が俺を見返している。やべ、またしくったのか俺!?
「えっと……どうして、お礼なの?」
「い、いや、どうしてって……あんなに酷いこと言ったりした俺を、ティアは許してくれたってことだろ。だから、ありがとうって」
「ルーク……」
 さらにまばたきを続けるティアの視線は、何というか……居心地が悪かった。いやその、悪い気分じゃねぇんだけど。なんつーか。
 俺は逃げるようにして、顔を逸らし、手すりに大きくもたれかかった。
 これで、俺の視界は海だけだ。
 そう思うとちょっと安心して、勝手に言葉が滑り出ていく。
「俺さ、思ったんだ」
 ティアの静かな気配は先を促しているのだと思って、続ける。
「俺……あのブタザルと、同じだったんだなって」
「……ミュウと? というかルーク。そろそろ名前で呼んであげたらどう?」
「べ、別にいいだろ。あいつは俺のこと主人だって言ってるんだから、主人の俺がどう呼ぼうといいんだ!」
「もう……あんなに可愛いのに」
「っと、とにかく! ……話の腰を折るなよな」
 そもそもブタザルの何が可愛いんだっつーの。ムカつくだけじゃねーか。ああもう、ティアのっていうか、女の感覚ってわけわかんねぇ。
 無性にイライラして黙ったままでいたら、ティアの小さなため息が聞こえた。
「……ごめんなさい。それで、あなたがミュウと同じって、どういうこと?」
 うわっ、宥めるような声で言われた。ああ俺またやらかしたよ……。はあ。
 謝られた挙句に聞き返されといて、やっぱやめた、なんて言えるわけがない。昔の俺だったら、逆ギレして即行で部屋に戻ってフテ寝してただろうけどさ。
 とりあえずゴホン、と作り物の咳払いをしておく。
「あいつも……とんでもない失敗やらかしてさ、チーグルん中で、つまはじきモンだったろ」
「……ええ」
「おまけに一族を追放された挙句、俺についてくとか言い出しやがって」
「あなたが、ミュウを危険から助けたから、ね」
 正直な話、今でもあのブタザルを「助けた」なんて自覚はない。
 だって気がついたら体が動いてたんだ。
 あのままだったらあいつ死んでたし。やべえって思ったときには、剣を握った左手がびりびりと痺れてた。
「あいつ、ご主人様のお役に立ちますの!とか口を開けばそればっかでよ。……それって今考えると、……あのときの俺と、ティアみたいだなって」
「……私?」
 心の底から、意外だとでも言うような――驚いた風な口調だった。なんとなく、ざっくり来た。
 たぶん今俺、情けない顔してるんだろうなあとか思いながら、でもあえて後ろを振り向いた。どこか――刃の前に体を晒すような心地で。
「あんときも言ったけど」
 ティアの視線を受け止めつつ、俺は短くなった髪に手をやった。
「ティアはちゃんと、俺のこと考えてくれてた。いつだって真剣に、俺のことを思って、叱ってくれてたんだよな」
「それは……その、別に、あなたのためだけってわけじゃないわよ? 一緒に行動する私や仲間に迷惑がかかるといけないからって」
「わかってる」
 あっさりと刃に貫かれた、そう思った。でも、そうなるとわかっててやったんだ、俺は。
 だから苦笑する。
 そうだ――ティア自身からわざわざ言われなくても、ちゃんと自覚してるさ。
「でも、考えてくれなかったわけじゃないんだろ?」
「それは……まあ、その。あなたがこのままじゃよくないと思ったことは否定しないけれど」
「俺は、それが嬉しかった。皆から見放されて……ほら俺、寝てたときアッシュの視点で世界を見てたって、言ったよな。俺、それでようやく、自分のことしか見えてなかったんだなって、わかったんだ」
 思い出す。自分は一切動けないのに、視界だけがめぐるましく動く。俺を責め立てる声が耳に響く。
 見たくも聞きたくもなかったものを、あいつは強引に俺へ感じさせたんだ。
「アッシュの視点で見た世界はさ、なんかこう……広かったんだ。戦闘中とか、俺はいつも目の前の敵ばっかり見て剣をふるってたけど、あいつは違った。常に周囲を気にしながら、誰か追い詰められてないかとか、そういうのを確認しながら戦ってた。あいつは……俺と同じ技使ってんのに、全然、戦い方ってのが違っててさ」
 ぎりっと、胸の奥が締め付けられた。
 さっきのティアに見つめられたときとは全然別物の――ひどく息苦しいそれに耐えようと、首を上向かせる。
 どうも俺はすぐ顔に出るみたいだから、ここで変な顔をして、ティアにいらない心配とかをかけたくなかった。
「そんときは、何で違うのかわかんなくて……手ぇ抜いて戦ってんのかって、因縁つけたっけな。皆のことよく見てんのはさ、隙を見て魔物に殺させようとか、考えてんじゃないかって」
 なっさけねぇよなあ、明るく言い飛ばしたつもりが、どうしてか声までもが情けなく上擦った。
 俺は誤魔化すようにがりがりと頭を掻いた。さらに、話題も別のものにする。
「……誰かに何かしてもらいたかったら、まず、自分が何かしなきゃだよな。何もしなくても、何でも与えてもらえる。ティアに出会うまでの俺はそういう生活をしてた。でもそんな生活、おかしかったんだよな」
「ルーク……」
「それで俺、皆がアッシュについていって、でもティアだけは残ってくれててさ。すげえ嬉しかった。まあ、非難されてたことに変わりはなかったけど、でも――」
「……でも?」
 言葉を重ねてくれたティアの声は、ひどく優しく聞こえた。
 それに誘われるように、俺はそうっと、ティアと目を合わせることに成功する。
「ティアは、こんな俺の言うことを信じようとしてくれた。普通だったら、ジェイドとかアニスみたいな反応されて当然なのにさ。今だからわかるけど、……あのとき俺、ティアに救ってもらったんだって、そう思う」
「救う?」
 不思議そうに言葉を紡ぐティアに、俺は大きく頷いた。
「本気で駄目になりそうだった俺を、ティアが救ってくれたんだ。……本当に、ありがとうな、ティア」
 言い切った勢いで、ぺこりと頭を下げる。勢いがつきすぎて、腰から九十度ぐらい曲げる感じになった。
 頭上でティアの慌てる気配がする。
「ルーク、頭を上げて。私は、私がそうするのがいいと思ったことをしただけ。それに、あなたが言うほど大したことをしたわけでもないし……大げさすぎるわよ」
 その言葉に、俺は下げたばかりの頭を即座に上げた。
 ティアをじっと見据えて――この、うまく言葉にできない気持ちが、少しでも伝わるようにと。
「大げさなんかじゃない。俺はブタザルみたいに、命を救われたも同然なんだ。だって、あのままティアに救ってもらえなかったら俺、生きてる意味すらわからなかった。つーか、生きてる意味自体なかったよな。ティアがいたから、俺は生きる意味を持てるようになったんだ」
「で……でも私だって、ここに来るまでに、ルークに助けられたことがあったわ。私の方こそ、お礼を言わなきゃいけないこと、それなりにあるし」
 そんなことあったんだろうか? だとしたら、ちょっと嬉しいけど。
 でもティアの言う「お礼を言うべきこと」と、「ティアが俺を救ってくれたこと」は、確実に次元が違う。そんな気がする。
「いや、それはまた別の話だろ。……いいからもう一度だけ、ちゃんと言わせてくれ、ティア」
 ティアの開きかけていた口が閉じられたのを見て、俺は小さく深呼吸。
 自然と閉じていた両目を開いて、真正面で向き合うティアを視界に入れて。
 ――心からの、言葉を。
「本当に、ありがとう」
 四十五度で、頭を下げる。ガイとかがよくやってるやつの見様見真似だから、不恰好だったかもしれない。
 でも言葉は、気持ちは、決して嘘じゃなかったから、ちゃんと頭を上げることもできた。
 たとえ、ティアがどんな反応をしてきたとしても――それが今の自分に対する評価なのだと、受け入れようと、思ったから。
「……わかったわ、ルーク」
 ティアはすっと身を引くように――
「――どういたしまして。それから、私もありがとうルーク」
 どこか堅苦しく、けれど優雅に、頭を下げた。
「……どう、いたしまして。ティア」
 再びかちあった視線に、俺たちは同時に笑みをこぼした。
 その笑みが途切れそうになった瞬間、これもほぼ同じタイミングで、俺たちは目を逸らして――広がる夜空を見上げた。
(変わりたいって思って……何でもいいから、誰かのために、なんかしたいってそればっかり思ってた。ブタザルがやってたのと、同じだよな)
 それは、贖罪というにはあまりにもちっぽけな――けれど、確実な一歩。

(――自分を助けてくれた誰かのために、何かがしたいって)

 変わろうと決心をしてから、めまぐるしく変わっていった事態の中心へと飛び込んで。
 ひたすら突っ走って、でも立ち止まらざるを得なくなったとき、ふと後ろを振り返って。
 自分がしてきたことは間違っていなかったかと怯えながら――この旅が始まってからを思い返してみた。
 どれだけ助けられたのか、どれだけ迷惑をかけていたのかを自覚する中で、思い当たった一つの記憶。
 最悪だった自分と彼女が出会ってすぐ、彼女が路銀の代わりに差し出したペンダント。
 宝飾品なんてあの頃の自分には興味がなかったし(いや今もほとんどねぇけど)、女の嗜みとか趣味の一環だとばかり思っていた。だから、何気にイイもん持ってんなこいつ、ぐらいにしか思えなかった。
 取り戻した際にその出自を聞いたときなんか、本気で最悪だ俺、とひどい自己嫌悪に陥ったほどで。
(しかも逆に礼なんか言われちまうし、本当に筋違いっつーか……)
 ちらり、と横目で隣を確認する。
 夜の闇に慣れてきた視界で、彼女の口元は笑みを浮かべていながらも――どこか、憂いを帯びた表情に見えた。
 外郭大地を救う手段は見つかった。けれど、師匠たる彼女の兄のことは、全く解決に至っていない。それが不安なのかもしれない。もしくは、自分の知らない何かが、彼女にそんな顔をさせてしまっているのかもしれない。
(……ティア)
 数ヶ月ぶりにペンダントを手にした彼女は、今にも泣きそうな、安堵と驚きと色々がないまぜになった嬉し顔だった。笑顔の部類に属されるその表情は、今も鮮明に思い出せる。
 それほど、心に残った。
 もとより整った顔立ちで、あの強烈な出会いで抱いた第一印象でも「美人」だと思えた彼女の笑顔は、それはもう――
(また、見たいんだ。ティアの笑顔が)

 一点の曇りもない、心からの笑顔。
 それはきっと、とんでもなく綺麗に違いない。
 あの店で見たときより何倍も、目を奪われ、心を満たしてくれるだろう。

「ティア」
「何、ルーク」
「俺、頑張るから。絶対に、成功させよう」
「……ええ。頑張りましょう」

 自分の思いが揺るぎないものだと、そう思い込んでいたこのときの俺は、――その後待ち受ける事態のことも知らず――そうして返されたティアの表情から得た、大きな満足感に浸るだけだった。







 とまあそんな非常にどうしようもないうっかりのおかげでこのような脳内補完をするハメになりました。
 やたらご都合なシチュ時間軸は私がプレイした時がこうだったせいです。

 いや本当ついうっかり出来心と勢いで夢見放題な品を書いてしまいました。
 正直なところ本編だけで満足してしまってるので次はなさそうですが。
 もしあったとしてもこっち側じゃなさそうですが(あんた)(だってメロンとか言うから!)(……)

(2005/12/27 up)

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