それは、自分にとって何よりも眩しくて、直視できなくて――でも、いつまででも見ていたい。
 矛盾した気持ちを抱えさせるに十分な、とうてい敵わない、無類の存在。





「……あ゛つ゛い゛……」
 じりじりと容赦なく照りつける太陽光。
 遮るものも一切なく、眼前に広がるは地平線の彼方までどこもかしこも砂の一色。
 果てしなく遠い場所に思えてくる視界の果ては、全方位のどこを見てもゆらゆらと揺れていた。
 そんな中を、二つの人影がゆっくりと進んでいく。
 一つはしっかりと前を見据えた男。
 ――いや、男というよりまだ少年と言って差し支えない体躯と表情。この気候の中でもしゃんと背筋を伸ばし、その足取りは迷うことなく前を目指していた。
 その後ろを、いかにもダレていますと言わんばかりに――肩を落とし背中を曲げ、大きな輪っかのようなものを持った両の腕をだらりと落として――ふらふらと前へ進んでいる少女。
 側頭部でまとめた長い髪も力なく重力に従っていて、全てにおいて彼女は力なく見えた。その反動の如く、先ほどから無駄に元気良く動いている口を除いては。
「あづい……あづいー…………あついあついあついあつい――!!!」
 どこにそんな余力が残っていたのか、少女は急に腕を振り上げ、だむだむと砂の地面を足裏で叩きつけた。
「もう何なのよこの暑さは!! 何だってこんな暑いわけ!? 殺すつもりか――!!」
「……別にそういうわけじゃないと思うよ」
 静かに、かつ正確なツッコミが入った。前を歩いていた少年が、ちらりと首を回して少女を見ている。その瞳にはいわゆる同情心というか――憐憫というか――そんな色が見て取れた。
「んなことわかってるわよ!! ていうかルウ、あんた暑くないわけこの中で!!」
「そりゃ僕だって暑いよ。でも「暑い」って言ったからって暑くなくなるわけじゃないし……」
「苦しい時に「苦しい」って言えない事ほど辛い事はないのよっ!! あーあついあついあついあつい――!!」
「ミント……そうやって熱くなるからよけい暑く感じるんじゃないかな」
「じゃあどーしろってのよ!!」
 ミントと呼ばれた少女は、さらに全身の力を込めるかのように砂を踏み鳴らす。熱気に揺られる大気と共に、ぱらぱらと砂が舞った。
「だいたい誰よこんな砂漠の中にお宝隠しやがったのは!!」
「砂漠だからこそ置いたんだと思……」
「わかってんのよそんなことは!!! 隠した奴見つけたら絶対にこのミント様の魔法でギッタギタのボッコボコにしてやるわ絶っっ対!!」
(……無理だと思うけどなあ……)
 ようやく学習したのか、ルウは心の中で呟くだけに止めておく。
「ほら、とにかく進もうよミント。そのうち行商の人とか、オアシスとかに当たるかもしれないし」
「その、"そのうち"って何時よ。ていうかこんなだだっ広い場所で行商人だとかに当たる確率ってどのくらいだと思ってんのあんたは!」
「だから、"かもしれない"って」
「っあーもー!! 責任者出て来――い!!!」
 太陽が天頂へと昇りかけた空に向け、ミントは大声を張り上げた。
 ――が、次の瞬間。
「あ〜……」
 くらり、と少女の身体が傾いだ。
「ミント!!」
 ルウが慌ててその身体を支えにかかる。目を回しかけている少女はさすがに大人しかった。
「だからさっきも言ったように熱くなり過ぎなんだよ……って、ミント? 本当に大丈夫!?」
 今度は『冷静』という言葉を体現したかのような少年が、熱くなる番だった。





「……本当に大丈夫?」
 ルウがミントの顔を覗き込む。肩を貸そうとしたら、暑いからひっつくなと言われて仕方なくすぐ隣で様子を見るだけに止めた。
「だいじょぶよ……歩けるんだからだいじょぶに決まってるじゃない……」
 言いながら、ミントの足元はおぼつかない。先ほどのたくたと歩いていた時よりも明らかにふらついている。
「やっぱりもう少し休んだ方が……」
 自分はやはり無力だ。彼女が相手だと、本当にそう思える。
「うっさいわね……こっちは喋るのも楽じゃないんだからちょっとは黙って歩きなさいっての」
「……わかった。でも、きつくなったら絶対に言うんだよ?」
 返事の代わりに軽く手を上げ――ただしその手はどこまでも力なく――、二人は黙々と砂漠を歩き続けた。





(……あれ……)
 ふと、空気の流れに何か違うものを感じて顔を上げる。
 隣を無言で歩く少女と違い、自分は貧血こそ起こしてはいないものの――さすがに疲労感は隠せない。『身体が重い気がする』のは、『身体が重い』と言い換えられるべきであろう。
(気のせいかな……でも)
 きょろきょろと周囲を見渡す。ルウは全身が訴えてくる疲れを無視して、地平線に向けてじっと目を凝らした。
「……あ」
 ぱちくりとまばたきを数度繰り返し、それが気のせいでも疲れが見せた幻影でもないことを確認する。あれは本物だ。
「ミント!!」
「……何よ人が元気がないって時にこれ見よがしに元気一杯に……」
「オアシスだ!」
「そのオアシスがどーしたってのよ…………オアシスっ!?」
 先ほどまでのぐったりとした様相はどこへやら、ミントは途端に目を輝かせてきびきびと辺りを見回す。
「どこ!? どこよオアシス! あたしのオアシス!!」
 いつの間にやらオアシスが彼女の所有物になっていることはとりあえず置いといて、ミントが元気を取り戻したことに口元をほころばせながら、ルウは指をさした。
「ほら、あそこ。ちっちゃいけど、あれは絶対にオアシスだよ。あっちから湿り気のある風も吹いてくるし」
「やったわやっぱり世界はあたしの為にあるんだわー! そうと決まれば何ぼさっとしてんのルウ、さっさと行くわよっ!!!」
 言うが早いか、ミントはルウが指し示した方向へ猛ダッシュで駆けて行く。その様は文字通り、『突撃』としか言いようがない。
「あ、待ってよミント!!」
 がぜん元気を取り戻した彼女に追い付けるかどうか――そんなことを考えながら、ルウは残った力を振り絞って走り出した。





「水……! 水だわ水よ水――!!!」
 当たり前のことを連呼しながら、ミントは一点を目指し疾走していく。
 そこはこじんまりとはしていたが、周囲に数本のヤシの木を携えた大きな水溜り――正真正銘のオアシスだった。
 そのほとりへとずざざざざと砂煙をあげて滑り込んで、ミントは両手のデュアル・ハーロウといつの間にか脱いでいたグローブを投げ出すと、澄んだ青色の中に勢い良く白い手を差し入れた。
 ひんやりとした感覚がミントの両手を覆う。ほんの数秒それを味わうと、急いで水をすくい口へと運ぶ。
「……っくはーっ! 美味いっ!!」
 何だかオヤジ臭い調子になりながら、ミントはさらに水をすくってぐびぐびと飲み干した。そこへ、ようやく連れの下僕が到着する。
「ほらルウ、あんたも飲みなさいよ!」
「え、あ、うん」
 ぜえはあと彼女に追い付く為に上がってしまった呼吸を整えながら、ルウはミントの隣に腰を下ろした。こちらはゆっくりとグローブを外して、オアシスに手をつける。
「へえ、こんなに冷たいんだ……」
「そうよほら早く飲みなさいよぐいっと!」
 上機嫌のミントが急かしてくる。さっきまでの様子の違いに苦笑しながら、ルウも水を口に運んだ。
「……美味しい」
「でしょ!? やっぱあたしのオアシスだけはあるわー!」
 いつの間にかオアシスは東天王国第一王女の私物になってしまっている。
(……まあ、誰か所有者の人がいるってわけでもないし、いいか……)
 ルウはもう一度水をすくい、その熱気をものともしない冷たさをゆったりと味わう。
(『生き返る』って言葉、本当だなあ…)
 横では、益々上機嫌のミントが何かを決意したように立ち上がっていた。両手を振って水気を払うと、ごそごそとブーツを脱ぎ始める。
(ミントも『生き返った』みたいだし……)
 脱いだブーツを適当に放り投げるミントの表情はどこまでもにこにこと――まるで何かお宝の話でも聞きつけた時のように――笑っている。
(その証拠にほら、あんなに元気よく服なんか脱い――)
「……え?」
 自分で思った言葉に対し、ルウはもう一度眼前の光景を確認した。
 確かに、彼の眼前ではミントが勢いよく服を脱いでいる。
 いつもは服の下に隠れている肌が露出し、日の光に反射してその白さを際立たせていた。
「ミ……ミミミミント、何してるの!?」
「は? アンタこそ何やってんの? 早くしなさいよ」
「は、早くって、な、何を?」
「あんたそんな事もわかんないの? 服着たまま泳いだら色々面倒じゃない」
「それはそうだけど……って、そうじゃなくて!」
「じゃあ何よ」
「ミント、まさかここで泳ぐつもりなの?」
「当たり前でしょ。こんだけ汗かいてベッタベタだってのに水浴びしないなんて方がどうかしてるわ」
「だってここ、オアシスなんだよ!?」
「わかってるわよそんなこと。だから泳ぐんでしょ!?」
 互いに先の見えてこない問答に、イライラとミントが言った。惜しげもなくさらけ出された素肌がやけに眩しく感じられ、ルウはことさら焦りながら言葉を紡ぐ。
「だからこそだよ! どう考えても、ここらへんでオアシスっていったらここだけだ。つまり、ここにいる生物は皆ここを利用するってことじゃないか。モンスターだって、例外じゃないだろ?」
「……それもそうね」
 意外に、ミントはあっさりと納得した。心の中で、ルウはほっと胸を撫で下ろす。
(良かった。ミントのことだからそんなこと気にしないとか言うかと思ったけど……)
「じゃ、あんた見張りよろしくね」
「え?」
「ああ、初撃を防ぐだけでいいわよ。後はこのミント様の魔法でボッコボコにしてやるから♪」
「ち、ちょっとミント」
「あんたは魔法使うまでの時間稼ぎしてくれればいーの。わかった?」
 びしっ、と指を突きつけられ、ルウは思わずこくりと頷いてしまう。気づいた時には既に後の祭り。
 ばしゃーん、と華麗な――彼女自身はそう表現するであろう――音を立てて、ミントはオアシスに飛び込んでいた。





 生暖かい風が頬を撫でる。水の近くとあってか、それは幾分心地良く感じられた。
 武器を構え間隙なくあたりを見回す。自分の耳に響くのは、風の音と――後方からのどこまでも能天気な水音。
(……気持ちはわからないわけじゃないけど)
 それでも、無用心過ぎないかとルウは思う。ここは敵地――とは言い過ぎかもしれないが、少なくともモンスターがうろつく『戦いを強いられる』場なのだ。
(まあ、ミントらしいといえばそうなんだけど……)
 改めて周囲に気を配る。
 見えるのは地平線すら覆いかねない黄土色。時折巻き起こる砂塵。
(この辺りのオアシスがここだけなのは間違いないと思うし……いくら砂漠のモンスターだって、水が必要ないってことはないよなぁ)
 水音がふいに止んだ。そろそろと横目で窺うと、水面にミントの赤い髪が揺らいでいるのが見える。どうやら、潜って遊んでいるらしい。
 ちいさな安堵を抱え、ルウは素早く味気ない砂漠へと視線を戻した。
(それにしても、モンスターの気配がしない)
 少し汗ばんだ手に、武器を抱えなおして。
(ここらへんのモンスターって、夜行性なのかな……)
 それでもルウは気を緩めることなく、砂漠を見つめ続けていた。





「……ぷはっ!」
 ざばっ、とミントが水中から顔を出す。
 しばし呼吸を止められたままだと、砂塵まみれの空気もそれなりに美味しく感じるから不思議だった。
 何気なくぽたぽたと垂れる水滴を払うように顔を横に振ると、両の側頭部でまとめている――水を吸って重くなった――髪が、勢いよく顔面にヒットした。
「ふぎゃ!」
 赤くなった鼻をさすりながら、原因も加害者も自分であるから糾弾もできず、ミントはいらいらと視線をうろつかせた。
 必然的に視界に入る、同行者。
 いつものように背筋をぴんと伸ばした直立姿勢で、時折首を動かし辺りの様子を窺っている。その動作には僅かな隙もない。
(あっらら、律儀にも本当に見張りなんかしてくれちゃって。ま、それでこそ下僕ってもんだけど)
 痛みが治まってきた鼻から手を離し、視線はそのままにミントは水の中へと腰を下ろした。口元まで水に浸かってしまうが、気にせずただただ彼の背中を見続ける。
「……」
 水面にはごぽごぽ、と気泡が生まれ、そしてすぐに消えていく。
 柔らかく凪ぐ風が、照りつける太陽により乾いてしまった自分の額をさらに乾燥させていった。
 未だ、厳しさを持って周囲に目を光らせる“下僕”。
(――ああもう! 何であいつには『融通』とか『妥協』とかそーゆーもんがないのよっ!!)
 先刻とはまるで逆のことを心の中で口走りながら、思いそのままの勢いでミントは立ち上がる。
 ざばざばと水をかき分け、ひとつも動じないその背中に向かってミントは叫んだ。
「ルウっ!!」





 名を呼ばれ、反射的にびくりと肩をすくませてしまった。別に後ろ暗いことは何もないのだけれど。
「な、何? ミント」
 つられてどもってしまう。
 彼女は気を悪くしやしないだろうか――内心冷や冷やしながらルウは答えた。何となく、彼女を直視するのをためらいながら。
「あんたも入んなさいよ、ルウ」
 そんな彼女の口から発せられたのは、彼にとって全くの予想外の科白で――
「え? い、いいよ僕は。それに見張りだって……」
「そんなのはどーだっていいのよ! あれだけ見張ってて、もうモンスターが来そうもないってことくらいあんた気付いてんでしょ!」
「そ、それは……」
 図星ではあった。
 けれど、可能性を考えたら危険はつきものであったから、彼はあえて数%の危険に備え対峙していたのだ。
 一時の気の迷いが、取り返しのつかないことにだって繋がらないとは限らないのだから――
「ほら来なさいよ! いーから!!」
 いつの間にかルウの目の前まで来ていたミントはおもむろに彼の手首を掴んだ。そのまま、くるりと回れ右をして、ずんずんとオアシスへと戻って行く。
「ち、ちょっと待ってよミント! 僕は別に泳がなくても……」
「うっさい! いーから泳ぐのよ!」
 と、ミントの腕が突っ張った。ぎっ、と鋭い眼光をもって振り向いたミントが見たものは、足を踏ん張って、その場に留まっろうとする律儀な下僕の姿。
「〜っ、あんたねえっ!」
「本当に僕はいいから……!」
(可能性が低くても、何かあってからじゃ、遅いんだ……!)
 必死で抵抗するルウを眉をつり上げて睨んでいたミントは、やがて人の悪い笑みを浮かべた――擬音にするなら、ニヤリ、と。
「ふーん。じゃあ、これならどう?」
 どこまでも無造作に伸びてきた手を、ルウはかわすことすら忘れてぼんやりと見つめ――何故、そうしてしまったのかはよくわからなかったが。
 ひょい、と。
 あまりにもあっけなく、ルウの帽子がミントの手に納まった。
「ほーら、来ないんならこれ、あっちに投げちゃうわよ?」
 “あっち”――オアシスの方を彼の帽子で指し示し、それでもいいわけ?と視線で語ると、ミントは再度“あっち”へ向けて駆け出した。勿論、彼の手首は掴んだままで。
「ミ、ミント!」
「つべこべうるさいっ! 水があるのに泳がないなんて、食べ物があるのに食べないのと一緒よ! いつか食べられなくなった時に後悔するんだから!」
 ばしゃん、とルウの足が水に浸かる。
「何を考えてんだか知らないけどさ、やれる時にやっとかなきゃ人生なんて楽しめないんだからね! 楽しくなきゃ、生きてる意味なんてないに等しいんだから!」
 跳ねた水滴が顔にかかる。
 ルウはそこでやっと、自分がまばたきもせずミントを見つめていたのだと気づいた。


 波紋がいくつも広がる青さと、それと共に揺れる赤。
 そのコントラストに目を細めながら、ルウは水の冷たさと掴まれた手首の温かさに、ひどく心地よさを感じていた。





「あー、気持ち良かったわねー」
 オアシスのほとりに腰を下ろし、どこまでも上機嫌にミントが言った。ややあって、隣に座っているルウが返答する。
「……うん」
 こんなに上機嫌だと、見ているこちらが嬉しくなってきてしまう。知らぬうちにルウの口元はほころんでいた。
「入って良かったでしょ?」
 唐突に、強気な――ある意味魅力的な――視線と共にそう聞かれて、彼女の横顔についぼうっとしていたルウは少々面食らいながら、
「あ……うん。そうだね」
と、笑顔で答えた。
「……」
 すると、今度はミントがぼうっとしている。開いたままの口をそのままにして、まるで何か初めての物を見るような目で。
「? ミント?」
「な、何でもないわよっ!」
 とにかく喋る事が初動である彼女が言葉を失っているのを不思議に思って声をかけると、大声でそう言ってそっぽを向いてしまった。
「……?」
(な、何よ今の顔は。……何だか調子が狂うじゃないの)
 おかしな気持ちが心を支配する前に、ミントは急いで言葉を紡いだ。
「い、いやに素直ね。さっきまであれだけあたしに反抗してたくせに」
 心のもやもやを誤魔化すようにどこまでも強気に。けれど顔は明後日の方向に向けたまま。
 けれど、いつまで経っても自分に向けられている視線を無視しきれず――仕方なく、ミントはちらりと視線の元を覗き見た。
「……何よ。変にニコニコして」
「え? ああ、うん。やっぱりミントは凄いなぁって思って」
 瞬間、ぽかんとしたようにミントは口を開け――
「……あ、当たり前でしょ、あたしが凄くなくて何が凄いってのよ!」
「あはは、……そうだね」

 腰に手を当てふんぞり返る少女と、穏やかにそれを見つめる少年。二人は、そうやってしばしの間笑っていた――






 タイトルが微妙に謎なのでフォローをこっそり。
 『オアシス』という単語には「人々の気持ちを和らげたり、癒したりしてくれる場所」という意味もあるそうで。
 ルウにとっちゃミント様がまさしくそれなんではないかしらー、ということでひとつ(夢見がちに)

(2004/06/13 up)

戻る