「じゃあティア、あとでな」
「ええ」
 入り口で別れた俺たちは、左右別々のドアをくぐって中へと入った。
 俺が入った方は先客もなく、がらんとした室内には続き部屋の音が静かに響いてきている。適当なロッカーを選んで荷物を置くと、さっさと服を脱いだ。
 新調することもないかと持参した、以前もらった水着を身に着けて、最後の仕上げにかかる。
「……よし」
 鏡の前で髪の毛がタオルから落ちてきてないことを確認すると、俺は続き部屋への扉を開けた。



「今日はけっこう人がいるな……」
 素足で階段をのぼり、辿り着いた先は巨大な風呂場。ケテルブルクホテルのスパリゾートだ。
 旅の最中、ピオニー陛下から水着とセットでもらった会員証は無期限で、約三年ほど音信不通だった俺でも普通に利用できるというわけだ。
 といってもケテルブルクに来ることなんて滅多にないうえ、今の俺もティアも正直忙しい身だったりするから、一生のうちにこれを使う機会はあと何回あるのかわからない。宝の持ち腐れってこういうことを言うんだっけ?
「ルーク」
 とか考えてるうちにティアもやってきた。声の方へ振り返ると、
「ごめんなさい、待たせてしまったかしら」
 当然、水着姿のティアがそこにいた。……ただし、俺とは違って、このスパの貸し出し用水着で。
「……な、何?」
 思わずじーっと見つめていたら、不審そうに一歩下がられる。
 なんとなく傷ついたような気がしつつ、俺はそっぽを向いた。
「べつに」
 避けた視線の先に、このホテルの泊まり客らしいおばさんグループがいた。その人たちもティアと同じレンタル用の水着を使っているようで、どのおばさんもみんな同じ格好をしていた。

 ……まあその、ティアは何着ても綺麗だよな、うん。



***



「こんな所にいたのね」
 背中を壁に預けて肩までお湯に浸かっていると、ざぶざぶとお湯をかきわけてティアが近づいてきた。
「姿が見えないからもう出てしまったのかと思ったわ」
「んなわけねーっつの」
 ティアは俺の隣に座り込むと、俺と同じように壁に寄りかかった。目を閉じて、ふう、と息を吐くティアの横顔は、湯気のせいかお湯のせいか、うっすらとピンク色に染まっている。
「いいところを見つけたわね」
「まあな。さっきまでガキどもが鬼ごっこしてて落ち着かなかったけど」
 ここのスパは入り口から見て、真ん中に半身浴用、左右の端に全身浴用の浴槽がある。そして、その半身浴用のやつを中心に、左右の浴槽を繋ぐ形でお湯の道が作られてる。道の部分はさして湯量はないけど、入り口から見て一番奥のここだけはそこそこ水深が深めになっていて、座れば胸の高さくらいまではお湯が来る。
 たまたま人が多い時間帯に来てしまったせいか、左右の浴槽は結構人が多くて――つーか、ぶっちゃけおばさんばっかで何となく入り込めなくて――ようやく見つけた安息の地がここだったのだ。
「ティアは向こうの方で入ってたのか?」
「ええ。少しのぼせそうだったから半身浴にしようと思ったんだけど……」
「まさか、まだいるのか? あのおばさんたち」
「まだまだ話に花が咲いているみたい」
「よくのぼせないよな」
「そうね」
 話題のおばさんたちとは位置的に結構近かったりするけど、流れるお湯の音とかがあるから、聞こえることはないだろう。つーか、話に夢中で気が付いてもなさそうだ。
「ティア、少しは疲れとか取れたか?」
「まだ来たばかりよ」
「う。それもそっか」
「……でも、とても気持ちいいわ。これで疲れが取れなかったらおかしいくらい」
「そっか」
 微笑むティアを見て、やっぱ来て良かったなあとしみじみ思う。
 日々、仕事で忙殺されるティアを休ませたいと思っていたのは何も俺だけじゃなかった。
 ティアの部下の人たち、さらに街の代表で手伝いに来てくれてる人たちまで、話を聞いてみれば結構な人数が俺と同じ心配を抱いていたわけだ。
 休んでくださいという言葉を聞き流して働くティアを前に、全員が結託するのにそう時間はかからなかった。
 ただ、実際ティアがいないと回らない仕事っていうのも増えてきていて、今回の「一泊二日スパリゾート休暇計画」を実行に移すのにはかなり苦労させられたけど。
(みんなにはお土産でも買って帰らないとな)
 最初はティアだけを休ませる計画だった。それが、なんだかんだとやってるうちに俺もついていく事になっていた。
 まあその、半分はちゃんと休んでるかどうかの監視役って名目で。でも、残り半分は――
(……まあ、いいか)
 大いに面白がられてる部分も多分あったんだろうけど、まあ、その、うん。二人きりで旅行とか本当久しぶりだったし。
 そんなわけで、みんなの厚意(と思うことにした)を有難く受け取った俺は、こうしてティアと並んで温泉三昧なのだ。
「ところでさ、ティア」
「なに?」



 捏造が激しいように感じるのは気のせいです。
 本にはあと一本収録してますがそちらは抜粋できる部分が少なかったとかそんな感じでお察し下さい。

戻る