DEAVAには様々な「人間」が居る。
エレメント能力者を集めた、人類の唯一にして最強の、対堕天翅特殊機関。
能力者イコール人格者というわけではない。故に、変わった者も数多く居る。
そう例えば――自称「不幸を呼ぶ女」。本名、紅麗花。
確かに、彼女は幸運の持ち主とは言い難い。
道を歩けば鳥の糞を受ける、図書室に行けば本棚から図鑑のシャワーを浴びる、……おおよそ偶然では片付けられない頻度で、彼女は「ついていない」目に遭うのだ。
(……だが)
今日も悲惨な憂き目に遭い、不幸だと嘆き周囲の者を遠ざけている彼女を見て、私は思う。
――そんなものが不幸だというのなら、私のこれは何と呼べばよいのであろうな?
美しく。そして、気高く。私はそうあらねばならない。
何故なら――私は、あの汚らわしい、堕天翅などとは違うのだから。
*****
「シリウスはほんとう、強いのね」
ぽつりと、訓練を終え片付け役で居残った麗花が言った。独白めいたそれは、おそらくは自分が反応しなければそのまま独り言になったのだろう。
何故なら、その声の音量は「不幸だわ」と嘆くそのときと全く同じであったから。
振り向いてゆるく合わさった視線をかわすように――彼女は苦笑を浮かべる。
「私ももっと強くならなきゃ」
そうか、とでも相槌を打てば終わっていたはずの会話。
ただその時は何となく、終わりにしようと思えなかった。
普段なら強引に会話を打ち切りにやってくるシルヴィアは、他の者に誘われて食堂へと行ってしまった、そのせいかもしれない。
あの子は――私と違って、ここの人間たちと、馴染み始めているのだ。
「何故、強くなろうと思う?」
「え?」
そうして反射的に問い掛けたことで、彼女はひどく驚いたようだった。どうしてそんなことを聞くのと、その見開かれた瞳が語っている。
紅麗花はとても頭の良い人間だ。
だから、質問に質問で返すような、無粋な真似はしない。
「皆を守るため、かしら」
「皆、とは?」
「みんなよ。DEAVAの皆、そして、世界中のひとたち」
そこで言葉を切って、麗花は空を見上げた。
遠い何処かを見つめる瞳はひどく澄んでいるように見えて、知らず目を眇める。
「あの堕天翅たちから、皆を守れる力があるって聞いて……こんな私でもやれることがあるってわかって、私、本当に嬉しかった」
「嬉しい?」
「ええ。不幸を引き起こしてばかりの、迷惑な存在でしかなかった私にも、……ようやく、生きている意味があるんだって、そう思えて。……だから、本当は――」
シリウスにこんなこと言うと、笑われると思うけど。
そう前置きして、麗花はまっすぐこちらを見て。
「私がここに居てもいいように、……強く、なりたいの」
それは、私と――
「例え不幸を振りまくことしかできなくても、誰かを守ることだけは、できるように」
違うのか。
方向性は似ているが、けれど根本的な何かが、違う。
「……こんなこと人に話したの、初めてだわ」
呆然とその表情を見つめ続ける自分に麗花は、それもシリウス相手だなんて恥ずかしいわね、と再び苦笑した。
何が――何が、恥ずかしいものか。
「そんなことは、ない」
「え?」
「そんなことはない。恥ずかしいことなど、何もない。むしろ胸を張るべきだ、麗花」
「そ……そう? シリウスに言われると、その、……恐縮だわ」
似てはいないが――彼女と私は、似たようなものを持っていたのだ。
存在意義を求め、強く在ることを望んだ。
それだけは共通している。
他は似ても似つかぬほど、思い悩む次元が違うというのに。
このときから彼女に抱き始めた、羨望にも似た何か。
苛立ちともつかぬ不安定な心地。
これは――そうこれは、何という感情なのだ?
人を信用しきれない、人あらざりし者の私にとって、それは必要な感情であるのか?
やがてその答えを見つけられそうになって、そしてようやくわかったのは。
それが、自分には決して手に入らぬ部類のものであるということ。
手にすることなど許されぬものだと、いうこと。
*****
――嗚呼。
君のその頑なな強さに肖れたらと、思っていたのに。
そうできないことも、とうの昔にわかっていたはずなのに。
「麗花。……君だけは、信じたかった」
「……っシリウス!」
君のそんな表情が最後になるとは、皮肉なものだ。
まるで――そうまるで、不幸の渦中にいるときのような、そんな表情をして。
一体、何を嘆くことがある?
私は、君が忌み嫌う、堕天翅の血を引く存在なのだから――
「――もう迷わん!」
人と同じく、弱いままであった自分に別れを告げて。
今は一人残してしまう妹に、心の底から詫びながら。
美しく気高く在れるその場所へ、紅く彩られた腕を夢中で伸ばした。
了
22話を見る直前に捏造して日記に放置していたシリ麗もどき。ていうかシリ麗……?
(2005/09/25 up)
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