朝は何ともなかったのに、昼休みの指定席である中庭の芝生で再会したら、何だか様子がおかしかった。そんな、どことなく不機嫌そうな幼なじみにどうかしたのかと聞くのはおかしなことではないだろう。
 ましてその間柄に「恋人同士」というステータスがプラスされているなら、なおさらだ。
 だというのに、
「俺が悪いんです」
 その一言を返したきり黙りこくってしまうのはどうかと思う。だから、さらに問い詰めることになってしまう。
 本当は、そうしたくなくても。
「譲くん。それじゃわかんないよ」
「……あなたに」
 そこで一旦言葉は飲み込まれた。私が辛抱強く視線を向けていると、静かに息を吐き出して続けてくる。
「説明しても、わかってもらえないと思います。たぶん」
「やる前から決め付けるのはよくないと思うよ。ね、ちゃんと教えて」
 譲くんはゆっくりと目を伏せて間を置くと、とても見覚えのある――あの世界で、たくさん見てきた――表情で、ゆっくりと口を開いた。
「先輩はやっぱり、俺を知らないんです」
 ――それは、拒絶の言葉ではない。
 あえて言うならそれは忠告とか勧告とか、全て私のためを思っての言葉なのだと――今ならそれがわかる。
 このひとはいつだって、私のことを思って行動してくれているから。時に、その想いに応えたいという、私の気持ちを無視してまで。
「すみません、先輩。俺はまだ未熟で、自分を律しきれなくて……馬鹿みたいに、一人相撲をとっているようなものなんです。放課後までには、元に戻りますから」
 やんわりと押し返されるような口調に、私はそっと唇を噛んだ。
 近づきたいのに。前よりもずっと、側にいたいと思うのに。
 なのに最後の壁だけは通させてくれない。近づく私を押し止めては、優しく言い包めてくる。
 あなたと自分は違うんです、と。
 何が違うんだろう。何も違わないのに。私と譲くんは一緒なのに。
 ずっとずっと側にいて、これからもずっとそうしてもらいたいって思うのに、何が違うって言うんだろう。
 前にも同じような問答をしたことがあった。その時もやっぱりうやむやにされて終わってしまった。
 彼に口では勝てない。すぐにはぐらかされて、話題は擦りかえられる。いつもいつも、私は核心に迫れないままだ。
(私はもっと譲くんのことが知りたいのに)
 思うものの口には出せなくて、視線に意思を乗せてみる。
 それを複雑そうな笑みで受け止めてから、この上なく自然な動作で、譲くんの視線が逸れていく。
「……っ」
 私は眼鏡の位置を直そうとする譲くんの手を掴んだ。えっ、という顔がこちらを向いた瞬間、今度はその眼鏡に手を伸ばした。痛くしないようにと慎重に、でも強引にそれを外す。
「な、何するんですかっ」
 私は取り返そうと慌てる譲くんから体を引くと、眼鏡を後ろ手に隠してしまった。
「先輩……」
 困惑気味の表情が、勘弁してくださいと訴えている。
 こっちに戻ってきてから、眼鏡をしていない譲くんを見る機会は何度かあったけど、ここまで困った顔というのは今日が初めてかもしれない。
 毎日過ごす中で気づかされる。私はずっとずっと一緒にいたのに、譲くんのことを知らなさすぎたことに。
 だからもっと知りたいのだ。もっと彼の全部を好きになりたいのだ。
 対して、譲くんは私のことをよく知ってくれているんだと思う。ずっと見ていてくれたから、当然なのかもしれない。
 でもそんな彼にも知らない事だってあるはずだ。
 例えば――今私が、譲くんのことをもっともっと知りたいって、思っていることとか。
「譲くん、言ってたよね。本当はそれほど目は悪くないって」
「え、ええ、まあ……日常生活を送る程度なら、なくても平気だと思います。でも、遠くがぼやけて見えるので」
 遠くが見えないってことは、つまり……
「えっと、近視ってことかな」
「そうですね。近くのものなら、はっきり見えますし。……そろそろいいでしょう、先輩。それ、返してください」
「駄目だよ」
「……先輩」
 参ったな、と呟いた譲くんは、私が飽きるのを待つことにしたみたいだった。理由は聞いてこない。
 それは、こういう時に理由を聞いても、私が答えないって知って――思って――決め付けてるから?
(……そんなのは)
 私は、間違ってるって、思うから。
「譲くん」
 はい、と律儀な相槌を打ってくる譲くんを強く見据える。かわされないように、逃がさないように。
「私だって、譲くんとおんなじなんだよ」
「同じ……ですか?」
「そうだよ。譲くんの中の私が、どんな風に思われてるのかわからないけど……きっと違うよ。本当の私と、違ってるよ」
 当惑、だろうか――譲くんの表情がわずかに強張った。傷つけているのかもしれない。でも、これだけはわかってもらわなくちゃ。そうじゃないと、
(私が、いやだ)
「ちゃんと見て、私のこと。決め付けないで、そのままの私を見て」
 よく見えるようにと、引いた体を元に戻した。一歩詰め寄った感じになって、今度は譲くんがわずかに後退する。
「お願い、譲くん」
 いつもと逆だ。そんなことを思いながら、譲くんを真正面から見つめる。
「眼鏡してると、譲くん、すぐ目を逸らすから」
 きっと気のせいなんかじゃない。
 こっちの世界に戻ってきて、前よりもずっとずっと長く、近くで一緒にいるようになって、ようやく気づいたこのひとの癖。
 それは照れ隠しだったり、話を誤魔化そうとしたり。私から目を逸らそうとするときの、常套手段――ズレてもいない眼鏡の位置を直す仕草。
「――ちゃんと見て。私と譲くんがおんなじだってこと」
 見つめる視線はそのままに、譲くんの両手を取る。その中に眼鏡を置いて、自分の手で蓋をするように包んだ。
「……先、輩」
 うん、と頷く。こんな間近で見詰め合うのは正直恥ずかしいのだけど、でも。
(私が逃げたらダメだもの)
 だって、ちゃんと見てもらいたいのは私の方なんだから。
 お願いをするだけしておいて、自分は楽な思いをするなんて、卑怯だ。
 おんなじだって言うなら、二人でおんなじように感じたいって思うから。
(だから、逃げないよ、私)


 ――わかってもらえるだろうか。

 今すぐでなくてもいい、いつかきっと。わかってもらえるまで、私は待つから。
 ずっとずっと、譲くんを待たせてしまったように、私も譲くんとおんなじだから。
(だから待つよ。いつまでも待つよ)

 想いがすぐに理解してもらえなくてもせめて、この心意気だけでも伝わるように。
 大きな手に重ねた自分のそれに、そっと力をこめた。






 譲たん(たん言うな)更生への第一歩。(そして私だけが楽しい)
 あの譲たんの望美たんらぶーな(悪く言えば)ストーカー気質ってのは、アレもう一生モノの病気だと思うんで。
 主要因が動かないと更生はできんだろうということで、望美たんに少し天然を脱却してもらいました(笑)
 でも望美たんは天然だからこそ、何か一つに固執し出したらきっと無駄に勘がよくなると思うんですよね! 天然であるからこそ気づける何かがあるってゆーか(ぐるぐる)(夢みがち)

(2005/03/09 up)

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