いつも見ていたのはあなたの後姿だ。


 結わえずにそのまま垂らした長い髪がさらりと揺れる。隣の兄に相槌を打ったり、話しかけたりするたびに。
 話題は彼らの学年にしかない行事について。自分の入る幕はない。別の話題であっても話に入れることはそれほどないのだが――大抵、彼女をからかう兄を諌めるばかりで話が終わる。
 だから、彼女の一挙手一投足を見逃すまいと、誰にも邪魔をされないこの場所でじっと、眩しい相手を見つめ続ける。兄と彼女から、一歩半ほど離れた後方。
 兄はわざわざ振り返ったりしない。
 彼女は自分が見ていることなど気付きもしない。他人の心情だけでなく、視線に関しても鈍感なことに、今このときだけは感謝する。
「――ね、譲くん?」
 前触れもなく、彼女がこちらを振り返った。
 飲み込めない話ではあったが、一応会話は聞いていた。同意を求めてきた経緯もおぼろげだが理解している。頷きを返すことに問題はなさそうだった。
 だが、突然視界に彼女の笑顔が飛び込んできたのだ。あまつさえ、目まで合った。
 心の準備など不全に決まっていて、大仰にびくりと反応してしまった。驚いて心臓が飛び出そうになる、という表現は実に的を得ている――そんなどうでもいいことが頭に浮かんだりもした。
「譲くん、どうかした?」
「えっ、あ……」
 普段鈍すぎる彼女は何故か、こちらの都合が悪いときだけは異様に鋭くなるという悪癖を持っていた。今日もその特技を遺憾なく発揮する。
 驚いた拍子にズレてしまった眼鏡に手をやると、少しだけ彼女の視線から外れることができた。そのまま位置を直すふりで平静を装う。
「――別に、何でもないよ。あと、俺もそう思う。さっきの話」
「そうだよね! ほら将臣くん、譲くんもそうだって言ってるよ?」
 彼女はあっさりと兄との会話に戻った。めんどくさそうな兄の応答を聞き流しながら、ほっと胸を撫で下ろす。
(……これ、使えるかもな)
 彼女を守るために知識をつけるべく、本を読みまくっていたら当然のように視力は落ちた。
 視界の一部がぼんやりとしか見えないのでは、彼女に危険が迫ったときに対応できない。
 だから眼鏡をかけることにした。眼鏡を装着することにさほど抵抗感はなかったし、まあ確かに最初は面倒だなとは思っていたのだが、使い始めて数日で耳元の違和感にも慣れた。
 むしろクリアな視界が嬉しかった。だって彼女がよく見えるし、彼女に及ぶ外敵を察知できる。
 この眼鏡はただそれだけの道具だったはずが――意外なところで意外な使い道を見つけてしまった。
 それも彼女のおかげで、というのは何とも皮肉ではあるが。

 ――結局のところ、自分には彼女が全てなのだ。


 ただそれだけが事実で、真実。
 それこそが、「有川譲」を構築する基礎理念なのだから。






 何もゆずゆの眼鏡ネタをここまで引っ張らなくてもとか思いつつ。時間軸は小学校高学年くらいで(えっ)
 つーかね、ゆずゆに関しては何でもかんでも望美たんにこじつけるくらいの勢いでないとあんな春夏秋冬オールシーズンばっちこーい!みたいなことにはならんだろと。
 ただ普通に幼なじみってだけで(兄コンプレックスあったにしても)ああまでなるのは無茶ないですかーとか思ってるんですけど、どうですかね!(どうですか言われても)

(2006/02/12 up)(※日記より移動)

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