先ほどからリビングのソファを占領しているひとは、とても幸せそうだった。
 その表情はとても健やかというか、平和そうというか。時折言葉にならないものを呟いては、こてんと小さく首を折る。見ているこちらを飽きさせない。おかげで口元はさっきから緩みっぱなしだ。
 ただ、惜しむらくは今日は平日で、明日も学校だということ。いや休日だったらいいというものでもないけれど、寝起きの悪いこのひとは「早寝遅起き」をさせねばならないのだ。
 だから、この幸せな時間はもう終わりにしなければならない。他でもない、自分の手で。
 今、この家には自分と、目の前のこのひと以外に誰もいないのだから。
 名残惜しさを振り払って、細い肩に手をかけた。
「先輩。起きてください」
「ん……」
 うっすらと目を開けて、ぱちぱちと数回のまばたき。それでも焦点が合っていない。
「そろそろ帰らないと、お母さんが心配しますよ」
「ぅん……今、何時?」
 手の甲で目を擦りながら聞いてくる。
「二十二時半です」
 そんな時間なんだ……、ともごもご呟くと、先輩は目をしょぼしょぼさせて頭をゆらゆら揺らし始めた。
 相変わらず寝起きがよろしくないひとだ、そう苦笑しつつも、ここは心を鬼にしなければ。いくら幼なじみで一応家族公認とはいえ、毎日帰りが遅いというのは問題だ。
 それなりの信用は築いているはずだが、こんなところで心象を悪くはしたくない。
「ほら、先輩」
 揺れている頭に片手を添えて動きを止める。閉じかけていた瞳がゆっくりと開き、うん……と軽く頷いて、
「え、ちょっ」
 ぽふ。
 頷いた拍子に傾いた先輩の頭が、自分の腹のあたりに倒れてきた。瞬間的に全身が硬直し思考が真っ白になる。
 腹筋を中心にじわじわ体温が上昇していき、――かすかな寝息が耳に届く。
「……先輩」
 はあ、とため息をつくと、固くしていた腹筋から力が抜けた。手持ちぶさたの両手をどうしようか思案しつつ、壁の時計を見やる。二十二時三十八分。
(本当にしょうのないひとなんだから)
 声に出してもいいのに、こうも気持ちよく寝られてしまうとそっとしておきたい親心が出る。なのでつい心中で呟いてしまったが、このままではずるずる時間だけが過ぎてしまう。
 つと、先輩の友人からの言葉が思い返された。曰く、「あんまり甘やかしすぎるとこの子のためにならないよー」とのこと。
 あの時は先輩の前だったこともあって、苦笑を返しただけだったけれど。
(でも確かに、あなたを思えばこそ、ですから……許してください)
 謝ったのは先輩になのか、それとも先輩に逆らうことのできない――努力して裏切ろうとしている――自分の本質にか。
 それを判断できないまま、ただそれでようやく覚悟ができて、行動に移る。
「先輩、起きないと駄目ですよ」
 左肩と右の側頭部に手をあてて、ゆっくりと自分から引き離した。肩口にかかっていた髪がさらさらと落ちていく。
「……」
 薄く開いた唇からは今だすやすやと寝息が続いている。しばらく待ってみても、起きる気配はない。
 これはもう、強引に揺り起こすしかないか。
 小さくため息を吐き出してから、最終手段に出ようとして――ふと思いついたことがあった。
 それは、ほんのいたずら心。相手の意識がないからこそ実行できる、自分にしては大胆な行動。
 数秒の逡巡と、最後に「どうせ起きやしないんだから」とこれまでの経験則が後押しして、俺はゆっくりと上半身を屈めた。
 互いの顔の間隔が残り数センチのところで動きを止めた。
「先、輩」
 呼びかけに何の反応もないことを確認してから、そっと囁く。

「……起きないと、キスしちゃいますよ」

 それは――気付かれないように小声で言ったのだから、当然反応があるわけもない。結果を予測した行動が正しく完結した、ただそれだけのことだ。
 自然と口元が歪む。どうにも馬鹿馬鹿しいことをしている、そう自覚してみるとどことなく気分がいい。ちり、と胸の奥が焼けるような感覚もどこか懐かしい。
(やっぱり、あなたは気付かないんだな)
 過去に置き去りにしたはずの、今はもう感じる必要のない感情が、ゆっくりと鎌首をもたげて、
(――違う)
 そっと、打ち払った。長年時を共にしたそれはあっさり霧散する。
 今の自分には必要のないものだ。無闇に呼び起こすなど、悪趣味にも程がある。そう自分を叱咤しつつ、……もう少しだけ、調子に乗ることにした。
 残った、僅かな距離をゆっくりと縮めて。
「……」
 閉じた瞳が文字通り目の前にあった。触れる寸前で止めた唇に、かすかに空気の流れを感じた。
 時間にしてほんの五秒ほどそうしてから、目を閉じた。そうして、近づく時と同じ速度でまた距離を取る。
 自然と高鳴っていた心臓を抑えるべくゆっくり細く息を吸う。それを吐き出そうとしたところで、
「しないの?」
 ぐっ、と息をのんで目を見開く。そこには、両の瞳を眠そうながらもちゃんと開けて、自分を見上げる先輩がいて。
「えっ、せ、先輩、いつから起きて……っ?!」
 するり。しなやかな先輩の腕が伸びてきてこちらの首にかかる。視界の端で細い肘が曲がった。
 緩やかな力で引き寄せられ、近づく桃色の唇から視線が離せなくなり、それは駄目だ(何がだかはよくわからなかった)と反射的に目を閉じて。

 予測した感触はそこにはなく、代わりに、首周りに暖かくて柔らかい締め付けがあった。

「せんぱ……」
「もうちょっとだけ」
 耳元で囁かれた言葉の後には、外した予測が遅れて、位置も耳にほど近い頬へ移って、実行される。

 今度こそ完全に硬直した俺をよそに、先輩はもう少し強くしがみついてきた。
 せめて二十三時前には帰さないと――そう思うのに、体は勝手に気まぐれでわがままでけれど何よりも大切な、その温もりに身を委ね始める。

(……先輩)

 やっぱり俺は、駄目な人間です。
 あなたのためになることなのに、それをやり通せないなんて。

 すいません、と口だけ動かしたつもりが、わずかに声に出ていたらしい。

「……譲くん? 何で、謝るの?」
「何ででもです」

 埋めていた顔を上げ離れようとした先輩を自分から抱きこんで、気持ちゆっくりと、カウントダウンを始めた。
 あと一分したら、ちゃんとこの腕をほどけますようにと、己に言い聞かせながら。






 望美たんは対ゆずゆオンリーで、何ら深い意味もなく誰もいなくなるとふと思い立って無駄に甘えっ子になる感じだといいとおもいます!(夢見すぎです)
 でもってゆずゆオンリーなのは、うっかり熊野組あたりにやったら望美たんは体いくつあっても足りないとおもうからです!(あんた)
 よって先輩に対して自分ルールの強靭な制約かましてるおかげで独力で一線越えるのにゴイスーな努力を必要とするゆずゆオンリーでどうですかと!(とりあえず夢を見すぎだと

 それから寒かったり眠かったりするとぎゅうしたくなるタイプだといいとおもいます!(それ子供だ)(子供大いに良し!)(胸張らない)
 だってゆずゆ望美たんに甘えられるの好きだろうあれ。自分にとって不利益じゃないことならもー確実に。
 そんな感じで二人きりのときイイカンジに利害一致してるといいなあとかとか!(夢見るのもたいがいに

(2006/02/12 up)(※日記より移動)

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