「すいませーん」
 そして放課後、何故か自治会室のドアをノックしているアタシがいます。
(海里ってば、大事な用事って何なのよ)
 めんどくさい授業が全部終わって、さっさと職員室に寄って帰ろうと思った矢先、クラスメイトが海里からの伝言を持ってきた。用事なら直接アタシのところに来ればいいのに、海里はそれだけ伝えてくださいと頭を下げてすぐに行ってしまったらしい。
 さっぱりわけがわかんなかったけど、ま、後はチョコを箱に入れて帰るだけで暇だったし。
 姉として時々は弟のワガママも聞いてやろうじゃないの、と余裕を見せつつ参上してみたわけ。
 ……なんだけど。
「おうっ、よく来たな悠里! ささ、遠慮せず入った入った」
「……はあ」
 妙なテンションの悟センパイに出迎えられ、
「よく来てくれた、悠里」
 中に入ればあの朗センパイにまでにこやかに迎えられる始末。
 ていうかあの、アタシがここに居ることがバレたら多分大量の女子生徒に何されるかわかったもんじゃないんですケド……。
 アタシは室内をきょろきょろ見渡して、聞いた。
「あの、海里は?」
「あー今は準備中」
「準備中?」
 どうでもいいけど悟センパイ何かいいことでもあったのかしら。
 いつも笑ってる人だけど、でも今日はどっちかいうと、楽しくてしょーがないみたいな……聞こえが悪いかもしれないケド、浮かれてる感じに見えなくもないってゆーか。
 そうやって首を傾げてるアタシを、悠里、と朗センパイが呼んだ。
「実は、悠里に頼みたいことがあってな。忙しいところ悪いが」
「そうそう。お前にしか頼めないんだ、なっ」
 アタシにしか頼めない? 自治会の仕事なら、海里がやった方がいいに決まってるわよね。自治会とは関係ないことで何かあるのかしら。
「はあ。何ですか?」
「これなんだが……」
 朗センパイの長くて細い綺麗な指が示したのは、作業机の上に重ねられた黒い布の山だった。
「カーテン?」
「授業で必要だってんで、クランチから貸し出したんだよ。それが戻ってきたってわけさ」
 と、悟センパイが続けたところで、後ろでドアが開く音がした。
「あ、悠ちゃん。もう来てくれたんだ」
「海里……って、何でジャージなんか着てるのよ。制服汚しちゃったとか?」
「ううん。制服ならここにあるよ」
 海里は後ろ手に持っていた、きっちり畳まれたそれを見せてくる。
「まさか運動部の助っ人? んなわけないか」
「違うよ。とにかく、はい、悠ちゃん」
 海里はにっこりと、その制服を差し出してきた。
「……何? まさかアタシに持って帰れっての?」
「違うったら。悠ちゃんが着るんだよ」
「はあ!? 何言ってんのよ海里、アンタがアタシのを着るんならともかく――」
「はいはいそこまで。悪い海里、まだ説明が途中なんだ」
「あ、そうだったんですか。ごめん悠ちゃん、説明聞いてもらえるかな」
 三人の自治会員から、意味不明な期待の視線を向けられる。
 アタシはたじろぎつつ、どうにか聞き返した。
「説明って、何ですか?」
「ああ。実は――」
 まず応えてくれたのは、一歩前に出た会長の朗センパイ。その両脇に控えるように、悟センパイと海里が並ぶ。
 って、何気に囲まれてるんですけどアタシ。
「この遮光カーテン四枚を今日中にクランチに返却し、こちらの書類に寮監印をもらわねばならない」
「はあ」
「だが我々は少なくとも18時まではクランチに近づくことはできない」
「例のお触れのおかげで、クランチ前にチョコ回収箱が居座ってるからな。ま、それも下校時刻の18時までなんだけど」
「でも18時過ぎちゃうと、今日の日付で寮監印がもらえないんだよ」
「よって、今日の18時前にクランチまでこれを届け、寮監からの印をもらわねばならない……というわけだ」
 三人がかわるがわる、まるでセリフを読み上げるようにすらすらと説明してくれる。
 アタシは素直に思ったことを言った。
「なら、海里が行けばいいじゃないですか」
 センパイ二人が近寄れないのはわかるけど、海里なら寮生じゃないんだし。
「それがね、悠ちゃん」
 海里はアタシが朝渡した紙袋を持ってくると、それを机の上で逆さまにした。
 ばさばさばさーっと落ちてきたのは色とりどりの紙の束……っていうか、これ手紙?
「放課後に校門前で待ってます、って内容なんだけど……」
「……これ全部?」
「うん。さっき確認したから」
 うっわ。予想はしてたけど、中学のときよりバッチリ増えてるじゃないの。よーし今夜は大漁ね!
「さて悠里。こんな調子の海里がクランチまで行ったらどうなると思う?」
 そりゃあ、それなりに騒ぎになりそうな気がしますケド……って。
「まさか、それでアタシが持って行けってことですか?」
「その通りだ。察しが良くて助かる、悠里」
「でね、悠ちゃん。知ってると思うけど、クランチは女子禁制で、そのままで行ったら追い返されちゃうから」
 これ、ともう一度、満面の笑みで差し出される海里の制服。
 マジですか、とセンパイたちを交互に見る。
「悠里、責務不履行の窮地に立たされた俺たち自治会を救うと思って、なっ?」
「頼む、悠里」
「悠ちゃん、お願い」
 ……ここで断ったらどーなんのかしらアタシ。
 それはそれで興味があったけど、まあ、この三人から頭下げられて断れる人がいたら見てみたいわ、ホント。
「う……わかりました、届けて印をもらってくるだけでいいんですよね?」
 おう!それさえやってくれたら後は何してもいいからな!と元気に悟センパイ。
 頼むぞ悠里、クランチの平和のためにもと爽やかに朗センパイ。
 じゃあ悠ちゃんあの部屋で着替えてきてと背中を押してくる海里。

 ……あの、もしかしなくてもアタシ、ハメられました?



 隣の部屋で着替えて戻ると、悠ちゃんここに座って、とブラシ片手の海里にイスをすすめられた。あっという間にアタシの髪の毛が結わえられて、正面から見れば一応、男子生徒っぽく見えなくもない。
「あとはこれを付けてっと」
 相変わらずの度が過ぎたスマイルの悟センパイが近寄ってきて、アタシの左腕に腕章を留めた。見てみると「自治会代理」とか書かれてる。
 ていうかこの腕章、自作したにしてはよく出来てるってゆーか……まさかこれも備品なのかしら。
(……に、してもっ)
 イスから立ち上がって再認したわ。
 海里が渡してくれた制服にはベルトがあったのに、アタシは使わなくて全然平気ってどーゆーことよ。海里ってば男のくせに細すぎなんじゃないの!? 
 今日は帰ったら存分にチョコを食べてもらうわよ、海里。そして太りなさい! せめてアタシ以上に!
「うん、パッと見ならわかんなさそうだ」
 アタシをじろじろ観察してた悟センパイが満足げに頷いてる。
 それ、もしかしなくても褒められてないですよね多分。
「それじゃ悠里、カーテン渡すから両手出してくれ。ちょっと重いから気合い入れてくれよ」
 どさどさ、と、まずは二枚。
 え、カーテンってこんな重いの!? ていうかこれで半分って、あのかなり無理がないですかこれ!
「そうだ、顔見られると面倒だよな。よーし、このまま、積んで……と」
「お、重いぃいい……」
「頑張って悠ちゃん!」
「ファイトだ悠里。これを乗り越えれば皆が幸せになれる」
 って、言ってる方は楽でしょーけどっ!? ううっ、重いしバランス崩しそうだし、文句を言える余裕すらない。
 ふらふらしながらドアへ向かうアタシに、
「悠ちゃん、大事な荷物忘れないで」
 海里がチョコの入った袋を指先にかけてくれる。
「頑張ってきて、悠ちゃん」
 ああこの弟はどうしてこうもアタシ想いなんだろうとか思いつつ、
「わかったわよ頑張ってくるわよ!」
 ヤケになりながら自治会室を後にした。

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