「ユーフェミア皇女殿下って、どんな方なの?」
 正式に騎士となり、一度は返上し、しかし再び忠誠を誓った――己の主について聞かれるのは、何も今回が始めてのことではなかった。どころか、その回数は既に両手で数えるには足りなくなりつつある。
 移動教室のため足早に廊下を歩いていたところを見知らぬ女生徒たちに呼び止められ、それでもスザクは嫌な顔一つせず(実際嫌だと思ったことはなかった)足を止め、彼女らに応対した。
 中継されていた叙勲式を見た、という内容で始まる彼らの会話は、大抵が先ほどの質問へと行き着いていた。
 それも仕方のないことだろう。彼女はブリタニア人で、それも皇族でありながら、「イレヴン」を自らの騎士に選んだのだ。人柄を知りたく――疑いたくなるのも当然のことだろう。
 そして、それは今一番身近にいる自分に聞くのが手っ取り早い。
 無論、騎士である自分が主にとって悪い発言をするとは思っていないだろうが、マスコミの報道よりは信用できそう――いや、生の意見が聞けそう――とでも思ったのだろう(と、ルルーシュは言っていた)。
 本来ならスザクは、登校などせず始終彼女の側で護衛を務めなければならない。
 だが、学校にはきちんと行ってくださいという彼女の「お願い」を――「命令」はしたくありません、と少し怒ったような顔で言われては――聞かないわけにはいかなかったのだ。
 彼女は自分のことを考えて、心配して言ってくれたのだ。
 その想いを無碍にするような真似が、自分にどうしてできようか。
 だからスザクは基本的に、特派からの命令がなければ朝から登校するようにしていた(それでも結局、出席日数は足りていなかったのだが)。
「春、みたいな人だよ」
「春?」
「そう。季節の、スプリングの春」
 へえ……、と唱和した女生徒たちのほとんどは、どうもその回答がピンと来ないようだった。
「そっかあ、確かに皇女殿下って優しくて、温かそうなイメージよね」
 一人がそう言うと、ようやく得心がいったらしい。一斉にそうよねと同意を示し、皇女殿下は素敵よね、という結論に辿り着いたところで始業の鐘が鳴った。
 礼もそこそこに駆けだして行く彼女らを見送りつつ、自分も遅刻しかねない、と規則破り――廊下の全力疾走――を開始する。
(一応風紀委員なのに、何やってるんだ僕は……)
 最短コースを選び、加速を殺さないよう廊下の突き当たりを曲がりながら、ふと、先ほどの彼女らの感嘆を思い出す。
(優しくて、温かそう、か。確かにその通りだ)
 世間から持たれているイメージが、当人の印象そのものであること。真っ直ぐで、裏表のない彼女らしいといえる。
 知らず口元が笑みの形になっていることに気付かないまま、スザクは心中で呟いた。
(僕にとっては、それだけじゃないけれど)


*****


「ねえ、スザク」
「はい」
 広げた書類を片付ける手を止め、スザクはふわりとした笑みを浮かべている己の主へと視線を合わせた。
 放課後に直参した副総督の執務室で、今後のスケジュールの確認を終えたところだった。何か留意すべき点でも伝えられるのかと、スザクが表情を引き締める。
 すると、お仕事の話じゃないの、とにこやかに告げられた。
「はあ……」
 そうは言われても。
 彼の主人は「突然」を専売特許としている。
 思い立ったが吉日、と言えば聞こえはいいかもしれないが、日々唐突なその言動を受け止める彼としては、驚かされるばかりなのも心臓に悪いな、と少しだけ思い始めている。
 果たしてここは、素直に力を抜くべきか否か。
 そうして迷っているうちに、かなりの気軽さで、どこか不発弾じみたものがスザクの前へ放られた。
「あなたが私のことを、「春みたいな人」って言ってたって聞いたの」
「え、あ……はい。というか、どこでそれを」
 主についての質問は学園以外で受けた覚えがない。
 よって、当人にこの話が伝わるわけはないと思っていたスザクは、当然の疑問を口にした。
「そんなことはどうだっていいんです」
 騎士の疑問を強引に遮って、彼の主ことユーフェミア・リ・ブリタニアは形の良い眉を少しずつ寄せながら、スザクへと詰め寄った。
「スザク。……それって、私が春の陽気みたいにぼーっとしてて脳天気でなーんにも考えてなさそう、って意味?」
「っち、違います! なんでそうなるんですか!」
「じゃあどういう意味で、私は春みたいなの?」
「それは……その、話すと長くなりますけど」
 構いません、と怒ったような拗ねたような傷ついたような――そんな顔でじとりと見つめられては、話さないわけにはいかない。
 元より騎士として、主の命令は絶対である。そうたぶん、これは命令だ。
「……あの、聞いても怒らないで下さると」
「それは聞いてから決めます」
 ぴしゃりと撥ね付けられて、スザクは反射的にすみませんと姿勢を正した。
 元を質せば学園内での他愛のない会話のはずなのに、一体どういう経緯で彼女の耳に入ったのだろうと思いつつ、己の言を反芻する。
 おかしな――何より、この大切な主が気分を害するような――ことは何もないよなと確認してから、スザクは表情を引き締め直し、真面目くさった説明――気分的には釈明――を始めた。

戻る