祖母が亡くなると、日々の生活は緩やかに変化していった。
 家の中に居るべき人がいない、僅かな違和感。ぽっかり空いた穴を埋めるように、自動的に祖母がやっていた役割が残された者へ割り振られていく。
 共働きの両親の代わりに、昼間の家事をしていたのは祖母だった。しかし母がすぐに仕事を辞められるわけもなく、自然、一番早く家に帰る者に分担が回った――つまり、一番年下の自分である。
 一学年しか違わない兄もさほど変わらない時間に帰宅してくるのだが、
「別に俺が作ってもいいけど、たぶん俺しか食えないと思うぜ。それじゃ二度手間だろ?」
 ぬけぬけと言い放ったそれは九割方事実であったので、わかったよと引き受けるしかなかったのだ。
 買い物は父と母が週末にまとめ買いをしてくるので、自分はただ作るだけでいい。祖母や母の手伝いはちょくちょくしていたから要領はわかっていた。本棚にある料理の本を見ながら作り続けたそれは、それなりに家族から好評を得た。
 偶に、お隣の春日家へ夕食をお呼ばれすることもあった。彼女と食卓を共にできるのはとても嬉しかったのだが、何せ育ち盛りの男子が二名。約一名は遠慮というものを理解はしていてもろくに実践しない性質であったから、そのうちこちらからやんわり断ることが多くなった。

 そうして、祖母のことが思い出になった頃には、全ての方向性が決まっていた。
 ――否、前から決まっていたことに、ようやく気付けたと言うべきか。
 たった一年の差。それは兄と幼なじみが中学へと進学したことで、いかに大きなものであるかを痛感させられた。
 小学校高学年になったあたりから、二人ばかりで話が盛り上がっていることが多くなっていた。
 中学には小学校にはない「部活」というものが存在する。帰宅時間を合わせることは不可能に近い。
 ただ一人家に帰り、夕食を作り、宿題を済ませる。部屋の窓から見える彼女の部屋の明かりが灯ると、少しだけ安心して、知らず溜息が出た。



 彼らは同じ学年で、共通の話題といえば学校のことだったから。自分が彼らと同じ行事や授業を経験するには、あと一年の時間を必要とする。
 だから仕方がない。彼らは自分より一年早く生まれたのだから。

 俺と彼女は年が違うんだから仕方がないんだ。
 兄さんと楽しそうに話してるのは、二人が同じ学年で話題が共通してるから仕方がないんだ。
 俺は一つ下なんだから、一つ上の学年の話を知ることはできない、だから仕方がないんだ。

 それは魔法の言葉。
 自身を説得するその言葉だけが、彼女を守る位置にすら立つことができない自分の、唯一の縋るべきものになった。

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